2019年05月25日

No.270 アクトレス 〜女たちの舞台〜

================================================

欧 州 映 画 紀 行
               No.270   19.05.25配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 不安定な心持ちが心持ちそのままの形でやってくる ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『アクトレス 〜女たちの舞台〜』
製作:フランス・ドイツ・スイス/2014年
原題:Clouds of Sils Maria

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス(Olivier Assayas)
出演:ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、
   クロエ・グレース・モレッツ、ラース・アイディンガー、
   ジョニー・フリン、ブラディ・コーベット
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
国際的に活躍するフランス人女優のマリア・エンダースは、列車でチューリッヒに向かっている。かつて無名だった自分を舞台『マローヤのヘビ』に抜擢してくれた、恩人である劇作家の代理で賞を受け取るためだ。
授賞式後、『マローヤのヘビ』のリメイクへの出演オファーがくる。マリアが若い頃に演じた役は、売り出し中のハリウッド女優に決まっており、マリアは、相手役の中年女役を打診される。


映画は、列車のシーンから始まる。マリアの個人秘書・ヴァレンティンが、揺れる車内で電話を受けている。列車の揺れで、画面も大きく揺れる。走行音がうるさく、電話での会話がうまく聞こえない。電波が不安定で、電話が切れる。1本切れば、次々と着信し、よく聞こえない通話が繰り返される。

私は、ストーリーを何も知らず、「オリヴィエ・アサイヤス監督でジュリエット・ビノシュ、Amazon prime で無料かー」という程度の動機でこの映画を選び、上記のシーンを観た。
そうしたら、この最初ですっかり引き込まれ、揺れる画面の落ち着かなさ、聞こえない、ぶちぶち切れる不安定さ、どこか不穏な空気が全体から伝わってきて、あらすじを何も知らないから、「何が起きるの? ひょっとしてこの秘書が何か企んでいるの?」とぞわぞわしながら観ていたのだ。

何かすごく不穏なことが起こるかも、という私のぞわぞわは的外れなのだが、冒頭のシーンの揺れから騒音からひしひしと伝わる不安定さが、この映画の全体のトーン、テーマといってもよいと思う。

列車内で、件の劇作家ヴィルヘルムの突然の訃報がもたらされ、授賞式もどこか落ち着かずに進む。

かつて若々しさを前面に出して出演した作品に、今度は追い詰められ破滅する中年女の役をと言われ、女優として老いや衰えの到来を予感し始めるマリア。セリフをさらえば、劇中の中年女の追い込まれ様に自分自身が重なる。

作品の解釈をぶつけたり、若い世代の役者やアーティストを紹介したりして、自分なりの感性で秘書の仕事をしようとするヴァレンティンとマリアのすれ違い。
「円熟」のマリアに対する、奇行や目立つ発言もあり注目を浴びてときめく、若い共演相手ジョアン。

自分が何をしたいのか、この先どうなるのか、これでいいのか、このままじゃだめなのか。
女優という華やかな職業とその周りの世界が描かれているが、世界の誰もが、それぞれが立つ場所で、迷い、悩み、不安に陥ることだ。
はっきりと言葉で説明できないもやもやも含め、いろんな不安定さを、そのままの形で作品から心にダイレクトで伝える。そこに、よい悪いの価値判断はない。繊細で上品な作品だと思う。

■COLUMN
揺れてうるさい列車から、落ち着かない授賞式とパーティの喧噪へ。そして第二部に移ると、画面に広がるのは、どこまでも広い山岳風景だ。

息の詰まる場面から思わず深呼吸したくなるこの場所は、ヴィルヘルムが執筆に使っていた山荘のあるスイスのシルス・マリアである。マリアは、役作りのためここを借りるのだ。

風にそよぐ木々、眼下に広がる湖、どの方角にも連なり構える山々。そんな雄大な景色に心洗われるようだが、この景色も、物語の展開によって、冷たく映ることもあれば、おどろおどろしく映ることもある。

山の天気のように変わりやすいこの印象は、ひょっとしたらこの作品自体の印象にも似ているのかもしれない。
私が受け取ったのは、迷いや不安満載の中で生きる人々の感情とその揺れだったが、今順風満帆で生きている人には、登場人物の迷いは滑稽な喜劇に映る可能性もある。年齢でも受け取るものは異なるだろう。

観終わったあと、作品について話すと、それが立場や状況の違う人なら、まるで印象が異なる。そんなことが起きるかもしれないと思う。
タイプの違う人、年齢の離れた人、バックボーンの異なる人と、話すネタにしてみたい作品でもある。


---------------
★DVDなど

『アクトレス 〜女たちの舞台〜』Amazonビデオ(ネット配信)¥300円〜
https://amzn.to/30kau1w
Amazon prrime 対象(2019年5月24日現在)

『アクトレス 〜女たちの舞台〜』ブルーレイ ¥ 3,694
https://amzn.to/2WNY5kg

『アクトレス 〜女たちの舞台〜』DVD ¥ 3,103
https://amzn.to/2YC9Drn

価格は2019年5月24日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2019 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 13:38| 東京 ☀| Comment(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

切り崩した感情貯金

《あなたは多分、子供の時に豊かな感情をお持ちだったはずです。(中略)あなたはそもそも豊かな感情をお持ちだったから、「これ以上はもういいや」と思って、感情の豊かさを維持したり増やそうとはしなかった。豊かな貯金量を崩して使い続けるということをした結果、感情で自分を支えることが出来にくくなって、「やらなくちゃ」と思う頭の論理だけで支えるようになったから、「つらい」になるのです。》

『橋本治のかけこみ人生相談』という本を読んでいたら、「ああ、これって私のことだわ」と身につまされてしまった。
相談者の状況は私は似ていない。社会人になりたての会社員の《いわゆるいい大学からいい会社に入って、労働環境もわりとよい。しかし、会社が嫌でたまらない。考えてみると、大学・大学院時代も「つらいなあ」と思うだけで日を過ごしてきた。なんでこんなにつらいんでしょう。》という主旨の相談だ。

めちゃくちゃ努力をしなくてもなんとなくいろんなことができてしまった相談者に対し、そういうことができたのは豊かな感情があったからで、それが枯渇に向いたのは、成績が悪くなったわけでもないのに受験に怯え続けた頃のことだと、橋本はいう。怯えるのは自分の豊かな感情がなくなりつつあると感じた結果なのだと。

相談者ではない私には、この指摘が的を射ているのかどうかは知らない。ただ私には思い当たることがたくさんあった。

事情はこちらの記事に詳しいが、数年前から私は、とにかく疲れて活動量がものすごく少なくなる状態にあって、毎日毎日、やらなきゃならないことを乏しいキャパのなかに押し込めて、自分のキャパを越えそうな仕事やらイベントやらが迫ってくると、「ちゃんとやれるか」とひたすら怯える生活を送っている。

そうして、とにかく「やらなきゃ」と頭で自分を追い込んで、少し時間に余裕ができたときでさえも、その「やらなきゃ」の気持ちばかりで焦り、好きなこと(好きだったはずのこと)も「やれるか」と怯えながら義務感でこなしている。

そうか。私は豊かな感情という貯金を切り崩しながらなんとかやってきて、もうそれがなくなっちゃったのかもしれないなあ。そう思い当たったのだ。
じゃあ、どうすれば?

《あなたがなくしてしまった、あるいは新しく増やすことが出来なかった最大の感情は、「なにかを好きになる、好きになれる」というものです。物であっても、人であっても、行為であっても、「自分はこれが好きだ」と思えれば、幸福感が生まれます。人間にはそれが必要なのです。(中略)つらい」の反対には「好き」があって、「好き」と思える感情がなくなると、「つらい」になるのです。》

橋本は相談者に対して、なにかを好きになるという感情を取り戻すことを勧める。

別の相談者で「好きなことが見つからない。見つける方法を教えて」という人に対し、《ではどうすれば、「なにかを好きになる」ということが可能になるのでしょうか? あなたの胸の中は、なにかの理由でしっかりとガードされっ放しで、自分の外側にあるものを受け入れることが出来ないでいるのです。(中略)なにかを好きになるためには、自分の方に「それを受け入れる土壌」を作ることが必要です。カチンカチンなった自分の心を耕して、もっと柔らかいものに変えるということです。そのためには、あまり役に立たないことをアレコレ考えるのをやめることが必要です。》とアドバイスを送る。

ああ、そうだね、倒れる前にちゃんとやらなきゃ、とにかくやらなきゃ、で、なんだかいろいろでカチンカチンになっているのかもしれない。
感情は枯渇し心はカチンカチン。ああ、大変。

つまらないことをアレコレ考えずにボーッとしろと橋本はいう。自分では気づいていないかもしれないその緊張をぼんやりして解こうという。

私は幸いなことに、好きなことはわりといろいろあったのだ。
だから新しく見つけなくても、ボーッとしてそれを思い出せばいいのかもしれない。
ボーッ
ボーッ
ボーボーッ

心の習慣というのは知らないうちに自分を支配しているもので、感情貯金再開への道は長そうだ。
自信はないけれど、でも、ちょっとは心がけてみようか。
ボーッ

posted by chiyo at 12:05| 東京 ☁| Comment(2) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月18日

No.269 好きにならずにいられない

================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.269   18.7.18配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 外から見たイメージと、内実に目をこらして見える姿と ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『好きにならずにいられない』
製作:アイスランド・デンマーク/2015年
原題:Fúsi 英語題:Virgin Mountain

監督・脚本:ダーグル・カウリ(Dagur Kári)
出演:グンナル・ヨンソン、リムル・クリスチャンスドウティル、
   シグリオン・キャルタンソン
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
アイスランド、レイキャビク。43歳、太った独身男のフーシは母親と二人暮らし。空港で荷物係として働いているが、飛行機に乗ったことはない。趣味は第二次世界大戦のジオラマづくり。職場では同僚のイジメにあっている。
女っ気のないフーシを案じ、母とその恋人が誕生日にダンスレッスンのチケットを贈った。「少しは外に出た方がよい」と。嫌々会場に向かい、レッスンは受けずに車で好きな音楽を聴いて時間をつぶすフーシだったが、ダンス教室帰りの女性シェヴンに吹雪だから車で送ってほしいと頼まれる。シェヴンに勧められ、フーシは次のレッスンには参加するとうっかり約束してしまう。シェヴンとの出会いで動き出すフーシの人生は……

「単調な日々を送る純情な大男が初めて経験する恋の物語」
作品の公式サイトを見ると、ひと言でいえばそんなまとめになる。邦題のつけ方もそれっぽい。
でも、観ている間も、観終わってからも、「これって恋愛映画なの?」という疑問が、私の頭のなかでぽこぽこ湧いている。
そもそも、フーシの送る日々が、そんなにもモノトーンなのかというと、そうでもないと私には思える。職場でのイジメは問題だが、それ以外のところ、共通の趣味を持つ友人がいて、ヘビメタという好きな音楽があり、毎週通うエスニック料理の店がある。大きな変化はないかもしれないが、単調だなんだと他人からとやかく言われる筋合いはない。

おそらくこの違和感は、「つまらない日々」→「女性との出会い」というストーリーを聞いたときに、前者がモノトーンなら、後者が彩りあふれる世界、前者が陰なら後者が陽という、ついつい二つに分けてしまうイメージが、実際の作品と合わないせいなのだろうと思う。

初めて出会った日、快活で明るく見えたシェヴンは、実は不安定な心を抱えている。落ち込んでいるときと、気分が上向いているときの差が激しい。仕事も続かない。
フーシの恋愛は、二人で楽しく出かけるだけではない。いろいろ振り回されて、なんとか彼女の力になろうともがく期間の方がずっと多い。
でも、恋愛というか、人と深くつき合うということは、そんなものなのかもしれない。

外から見れば40を過ぎても恋人もなく寂しいだけに見える人生。外から見ればひょんなことからデートする相手ができて浮かれているように見える人生。どちらも、仔細に見れば、いろんな事情と感情がある。

寂しい一人の状態から、人生が躍動する世界へ。そんなわかりやすさは皆無。しかし、ひとつのできごとをきっかけに確実に少しずつ変わっていく人の暮らしを、ていねいに描いた作品なのだ。

■COLUMN
ここ東京は毎日暑い。ただただ暑い。
暑いものはこれ以上要らない。北国の映画を観てみよう。そういえばサッカーのワールドカップでも、「人口33万5,000人、新宿区と同程度の人口で代表チームが活躍するとは!」と話題になっていた。
という不真面目な理由で観たアイスランドの映画だが、上記のように思いがけず考え込むことになってしまった。暑い暑いと目の前(身の回り)の現実にしか意識がいかないところ、よい刺激になったと思う。

暑いから少しでもひんやりしそうなアイスランド映画という短絡的な発想だったが、吹雪のシーンや雪に包まれた屋外のシーンは、それを目にしたからといってちっとも涼しい気分にはならない。短絡はしょせん短絡であるという現実もつきつけられた。
吹雪は別の次元の世界に見えるし、外が吹雪くなか、家のなかのシーンにはむしろ温かさを感じる。

暑い国で涼しいと感じたいのなら、暑さのなかで涼しさを放っているものでなくてはリアリティのある涼しさは得られない。今ここでリアルに涼しいと思えるシーンを挙げるなら、夏の高原の涼しい風であり、うちわ片手に耳に入る風鈴の音であり、山深い土地の川のせせらぎ…、夏という現実のなかに、合間にするりと吹き込んでくる涼しさである。
遠い国の吹雪は遠い国の吹雪で、今この国の暑さと混ざり合うこともリンクすることもない。

なんてことも思う。要するに今ここは暑いのだ。

---------------
★DVDなど

『好きにならずにいられない』DVD  ¥ 3,268
https://amzn.to/2uJaCbU

『好きにならずにいられない』amazonビデオでの配信 ¥400〜
https://amzn.to/2uH7Gwp

価格は2018年7月19日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B269

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2018 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 17:56| 東京 ☀| Comment(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

No.268 ロックンロール

================================================

欧 州 映 画 紀 行
             No.268   18.01.21配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ ありがちな教訓は期待しないこと ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『ロックンロール』
製作:フランス/2017年
原題:Rock'n Roll

監督・共同脚本:ギョーム・カネ(Guillaume Canet)
出演:ギョーム・カネ、マリオン・コティヤール、ジル・ルルーシュ、
   カミーユ・ロウ、イヴァン・アタル、ジョニー・アリディ
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
ギョーム・カネ、43 歳。有名俳優として順風満帆の人生だと思っていた。しかし、雑誌のインタビューでは「年齢を重ねてきたこと」を話題にされ、共演する若い女優からもすっかりおっさん扱いされていることに落胆し、変革を起こそうとする。
定時に家に直行していたのを、夜遊びを盛んにしてみたり、服装を「ロック」にしてみたり、まだまだ「イケてる」ことを示したいが、家族や事務所は困惑し、指示通り演技をしないギョームに、撮影現場は大混乱を起こし……

本人が本人役で出演し、パートナーの女優マリオン・コティヤールと息子、友人の俳優たちも本人役で出演する、ドキュメンタリー風に見せたフィクション。

オスカーもとったマリオン・コティヤールに置いていかれ気味に見えるところ、なんとなくお坊ちゃん的なところなんかは、実際にそういうイメージを抱かれがちなところを利用して、「ありそう」と思わせて、「さあどこまでほんとかな」と遊び心を押し出す映画だなあ、なんて観ていたのだ。

それも決して間違いではない。
乗馬好きなおとなしいおっさんと見られるのがいやで、革ジャンを着てみたり、クラブで遊び回ってドラッグをやってみたり。お約束ごとじゃない、型にはまらないタイプになってみようと、脚本無視の演技をしてみたり。
やっていることは小学生か中学生の反抗期のようで、微笑ましいやら、めんどくさいやら、なのだが、老けるのがいやでボトックスに手をそめてマリオンに心配されると、そこは子どもにはない悲哀があったり。
華やかな世界に身を置く俳優も、いろいろ悩むんだねえ、なんてありそうな、でもなさそうなリアリティを楽しんでいた。

奇行を続けに続け、なかなか「元の自分、そのままでいいじゃん」ということに気づかないギョーム、容姿もだんだん変わっていって、終盤に近づくにつれて、「いったいこの物語、どこにどう落とすんだろう」と、落ち着かなくなってくる。

ラストに向かい、ありがちな教訓やら、お約束やら、収束する着地点やら、そんなものはどこかにぷうと吹っ飛んでいく。ここでこうして語っている私もなんとなくバカっぽく見えてくるバカバカしさとくだらなさで、走り抜けていく。決してありがたい教訓なんか望めない展開を、ぜひ楽しんで!

■COLUMN
パートナーのマリオンと比べられて、劣等感と焦りを抱くギョーム・カネが本人役。自ら脚本・監督も、という内容を聞いて、イヴァン・アタルの『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』を思い出した。
シャルロット・ゲンズブールと、実際に彼女の夫であるイヴァン・アタル、それぞれ本人役を演じる作品だが、このときイヴァンは、ジャーナリストという設定だった。
(メルマガのバックナンバー:http://oushueiga.net/back/film015.html

そしたら、この『ロックンロール』には、イヴァン・アタルがちゃんとイヴァン・アタル役で出演し、兄弟のアラン・アタルとともに、ギョームが出演する映画のプロデューサーという設定になっていた。
実際の作品ポスターを背景に、『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』の話をするというシーンもあって、「あれのギョーム版をやろう」というところからはじまったのかもしれない。アラン・アタルは現実に、この『ロックンロール』のプロデューサーである。

昨年亡くなったときには、大統領もコメントを出したフランスのロックスター・ジョニー・アリディも出演し(ギョームがロックな生き方について教えを請いにいくのだ)、華やかな芸能界の内実を垣間見せる作品だが、日本だったら、業界の闇を探られかねない、ドラッグのシーンやらは、もっといろいろ慮った感じにつくられるのだはないかと思う。

もちろん、どちらの国でもフィクションだと受け取ってもらえるだろうが、日本であればもっと漠然としたイメージを気にするのではないかと。「冗談です。つくり話です」で、済まないことが出てきてしまうのではないかな。
そんな風に想像することも、「空気を読む」ことに加担しているといえば、そうなのだが、お国柄を考える作品でもあった。

---------------
★今回取り上げた『ロックンロール』は、開催中の「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」に参加している作品です。
1月19日(金)〜2月19日(月)まで、オンラインで長編12本、短編14本を観ることができます。短編の視聴は無料、長編は1本1.99ユーロ。長編を全部観られるパックは7.99ユーロ。

AmazonビデオやiTunesでも1本200円でレンタルできます。この作品1本を観るなら、その方が便利でお得です。購入しても500円だそうです。

Amazon
http://amzn.to/2Dwf97V

iTunes
https://apple.co/2rszVRc

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?268B

---------------

筆者へのメール
enaout@infoseek.jp
感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2018 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 19:10| 東京 ☀| Comment(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

No.267 偉大なるマルグリット

================================================

欧 州 映 画 紀 行
             No.267   17.08.15配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、おうちで映画鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 人にはいろんな側面があるもので ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『偉大なるマルグリット』
製作:フランス/2015年
原題:Marguerite 

監督・共同脚本:グザヴィエ・ジャノリ( Xavier Giannoli )
出演:カトリーヌ・フロ、アンドレ・マルコン、ミシェル・フォー、
   クリスタ・テレ、ドゥニ・ムプンガ、シルヴァン・デュエード
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
1920年、フランス。パリ郊外にあるマルグリット・デュモン男爵夫人の邸宅では、貴族達が集まって、チャリティーのサロン音楽会が開かれていた。トリを務める主役のマルグリットは、衣装にもオリジナルで凝って堂々の登場をするが、実はひどい音痴だ。出席する貴族たちは真実を伏せて拍手喝采する。知らぬは本人ばかりなり。

ある日、このサロン音楽会に忍び込んでいた、辛辣な批評をすることで知られる新聞記者のボーモンは、この音痴に驚きながらも、大金持ちのマルグリットに近づくため、「心をわし掴みにする声」と大絶賛の評を寄せる。
この批評に喜び、自らボーモンに会いに行ったマルグリット。新しい友人ができたことをきっかけに世界が広がり、本格的に歌を学んで、パリでリサイタルを開きたいという希望を持つようになるが……

マルグリットの音痴はどこでバレるのか、ひょっとして音痴でもリサイタルは大成功してしまうのか。そんな風に先行きが気になり、単純に筋を追う楽しみがたっぷりある作品。そして同時に、マルグリットをはじめとする、登場人物たちに抱く印象が、ストーリーが進むにつれ少しずつ変わっていって、人のいろんな側面を観察できるところも面白い。

「お金持ちの貴族が音痴のくせに自分だけいい気分で歌っちゃって」とマルグリットを最初は意地悪な目で見てしまうのだが、マルグリットが純粋に歌を愛し、オペラを愛して、嬉々としてオペラの登場人物になりきった写真を撮っているところなど見ていると、ただただかわいらしく、応援する気持ちになってしまう。
そんな気持ちの変化は、はじめは利用したくて皮肉を込めた絶賛記事を書いたボーモンにも表れる。

マルグリットの夫ジョルジュは、妻の音痴を陰で皆が笑っているのが恥ずかしく、音楽会の日にはいつも車が故障したことにして歌の時間には遅れてくる。さらに、妻の歌やオペラごっこに辟易して、浮気中。事なかれ主義の貴族なのだろうと眺めていると、この人もだんだん変わってきて、最後には冒頭とはまったく異なった印象を残してくれる。

マルグリットに忠実な使用人マテルボスは、オペラ写真撮影、音楽会の準備と献身的につきあい、歌を学びたい、リサイタルを開きたいという彼女の夢の実現にも、影に日なたに精一杯協力する。しかしこの人も最後にはまったく別の側面が見えて、ちょっと苦い。

ラストは、「フランス映画」らしく、観客に「ああ、この後どうなったのだろう!」と思わせてその後を託す。それがいつまでも続く鑑賞後の余韻となっている。

■COLUMN
結末がわかっていることを前提に話したい、そうしたらもっと語れることがあるのに、と思う映画があるが、これはそんな映画のひとつだ。
上にも書いたように、最後まで観ると、登場人物の印象も変わるし、最後まで観た頭でもう一度最初から観たならきっと思うところも違ってくるかもしれない。「ネタバレ」できないのはちょっと不便だと思う。

結局、マルグリットが自分は歌が壊滅的に下手である、と気づくのか否か、は観てのお楽しみとして、ただひとつ言えることは、結末まで観ても、果たして真実を告げる方がよいのか、それとも自分が信じているように楽しんで歌を続ける方がよいのか、それは簡単に決めることができないということだ。
本人にとって、という意味でも、周りにとって、という意味でも、何がよいことなのか、断言することは難しい。この後どうなったのだろう。と同時に、どうするのがよいのだろう。と、ああでもない、こうでもない、と考え尽くせる映画だ。

歌が題材だけに、全編に散りばめられた音楽、そして1920年パリのアーティストたちの退廃的なムードなど、ストーリー以外の楽しみの面もしっかり用意されている映画だが、その中で、あれはどうやっていたのだろう、と特に思うのは、マルグリットの下手な歌だ。
演ずるカトリーヌ・フロ本人が本当にあれを歌っていたのか、耳をふさぎたくなるキャンキャンとした音痴っぷりは、誰がどうやってつくりこんだのか。歌を下手に歌うのって案外難しいもので、上手に下手さを出さなければなかなか表現できないものじゃないかと思う。
「どの辺でどう音を外しているからこの壊滅的な下手さが出てる」なんてところも含めて、いろいろに考えを巡らせたくなる要素だ。

---------------
★DVDなど

『偉大なるマルグリット』DVD ¥3,280
http://amzn.to/2uEQc6E

『偉大なるマルグリット』amazonビデオでの配信 ¥400〜
http://amzn.to/2vXOnli

価格は2017年8月15日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B267

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2017 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 20:06| 東京 ☔| Comment(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

No.266.16 言い訳号

================================================

欧 州 映 画 紀 行
               No.266.16   16.12.25配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

と、はじめてみたものの、今回はなかなか配信できないことの言い訳をぎっしりつめた言い訳号。
映画作品の紹介もなし。ごめんなさい。

前回の配信から半年経ってしまって、2016年も暮れようとしてる。
こんなに配信できないなら潔くやめてしまったらいいんじゃないかとも、よく思うのだけれど、映画を観てああでもないこうでもないと書きつけられる場所を持っておけることは自分でもうれしく、何もわざわざやめることもないんじゃないかね、と思う。しかし配信はなかなかできない。時は過ぎていく。
本日は、なんでそんなことになってしまっているのか、言い訳をさせていただく回である。

2012年の秋頃から、なーんだか長距離を歩けないという事態になった。ちょっと歩くとすぐに足が棒になる。
病院では、筋肉がすぐに疲れる自己免疫疾患の可能性が高いと言われるが、検査をしても「そうだ」と言い切れる結果が出ず、今に至るまで結局診断には至らず、治療法もない。

四肢の筋肉がすぐに疲れてしまい、階段をのぼったり長距離を歩いたり急いで歩いたりすると、足を前に運べないような疲労感に襲われる。腕の調子が悪い日には、じゃがいもの皮をむくだけで腕立て伏せをしたかのように腕が疲れる。
そして、全身がとにかく疲れる。午前中は比較的よいのだが、時間が遅くなればなるほど体がだるくなって、夜にはほとんど起きていられないから、夜型だったのが、今やすっかり朝型に。たいしたことをしなくても毎日ギリギリまで体力を使ってしまうから、最低9時間くらいは眠れなくとも寝転んでいないと体がもたない。

さっぱり配信ができないことの主な理由はこの体の状態なのだが、脚や腕の筋肉がすぐ疲れる病気だからといって、家でDVDで映画を観て座ってパソコンでメルマガを出すことが、なんでできなくなるの? と、読者諸氏は思うかもしれない。思うよね。

発症直後の頃に比べると今はだいぶ歩けるようになっているが、依然困っているのが、「活動できる量がとにかく少ない」ということだ。「時間がない」とも言い換えられる。
たとえれば、病気になる前の活動できる量を100とすると、今は40くらいしかない状態。(活動する量なので睡眠と休息はすでに抜いて考えている)
日々のやることというのは、食い扶持を稼ぐ仕事、やらなきゃ生活が滞るような家事など、必要度Aクラスのもの、友人とお茶を飲むとか、日常的な趣味とか、仕事用の勉強とか、必要度Bクラスのもの、時間があればやりたいような旅行や大型レジャーのCクラスのもの、とまあ、その人なりにいろんな優先順位があると思う。
活動量が元気なときの4割くらししかない今、その中に必要度Aのもの(ほとんどは仕事)を詰め込むと、もう活動の余地は残らない。
だから、仕事と睡眠と休息だけを繰り返すのに必死で、たまに仕事がひまになって、40の中に仕事以外のものを入れられるようになったら、必要度Aの中でずっと積み残しているもの(たとえばたまには自分で料理をしようとか、部屋が荒れているから掃除をしようとか)をやって、だいたい休日は終わる。
もうちょっと余裕が出たら、友人とお茶を飲む時間と体力ができるかも。映画も観られるかも。だが、メルマガを書くところまでたどり着くには、相当なヒマが必要で、2016年の後半は特に、仕事だけでほとんど毎日40をフル稼働していて、映画を観るというところにもまるで至らなかった。

病気で映画が観られないわけではない。しかし、日々の生活の中で映画を観るということを取り入れることが極めて困難な場合、結局それは「できない」と同義だよ、と私はよくいじけてみる。

そうして仕事ばかりの生活を4年も続けていると、自分の幅がどんどん狭くなる。自分でもいろんな場面でそれを自覚する。映画はしばらく観ていないと、なんていう映画が世の中にあるのかもわからないし、知らない俳優、監督も増える。「どうせ観られない」といじけている身には、情報だけには触れておこう、なんていうのもわりと辛くて、映画にどんどん疎くなる。
読書も、サッカー観戦も(テレビ観戦含め)、芝居を観ることも「毎日の40」の中に入れられないものは、私からどんどん縁遠いものになる。

そんなこんなで、仕事しかしていなくて、好きな映画を語ることも、面白かった本を人に教えることもできなくなっていることは、自分でもさみしいし、ちょっとした劣等感にもつながっている。
病気を治す手立てがない以上、この状態はあと何年も何十年も続くだろう。つまらんことだなあ、と思う。つまらん人間のまま、ただ40の中に仕事を詰め込んでただただ暮らすんだろうと思う。
そんな中で、すっぱりメルマガをやめてしまうのもひとつの手だけれど、でもいつか、また、映画を観て、あることないこと、じゃない、あれやこれやと思うことを書いて配信することがたまーにでもできたら、いいよね、と思う。この場所を残しておくことは、私の小さな希望なのだ。


というわけで、長々書いたが、これでもだいぶん手短に説明した、私がさっぱりメルマガを書けないことと、そのくせしつこく廃刊や休刊にはしないことの、言い訳である。
読者の皆さま。もしも気が向いたら、映画を観てメルマガを書くということを、もーうちょっと定期的にやれるのを、待っていてくださればとてもうれしい、です。


---------------

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B266-16

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2016 Chiyo ANDO

---------------

posted by chiyo at 18:29| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

No.266 パレードへようこそ

===========================================
欧 州 映 画 紀 行   No.266  16.06.20配信
===========================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 闘い抗う人々に拍手を ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『パレードへようこそ』
製作:イギリス/2014年
原題:Pride 

監督:マシュー・ウォーチャス( Matthew Warchus)
出演:ベン・シュネッツァー、ジョセフ・ギルガン、フェイ・マーセイ、
   ジョージ・マッケイ、ドミニク・ウェスト、アンドリュー・スコット、
   ビル・ナイ、イメルダ・スタウントン、パディ・コンシダイン、
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
1984年サッチャー政権下のイギリス。
炭坑の閉鎖に抗議して、炭鉱夫のストライキが長期化していた。そのニュースを見ていたゲイのマークは、デモなどで警察・公権力と闘う自分達と重ね合わせ、敵が同じ者同士、支援しようと、ゲイ・パレードで募金活動を行った。
本格的に活動をスタートさせようと、支援組織LGSM(炭坑夫支援レズビアン&ゲイ会)を立ち上げて仲間の参加を募るが、集まったメンバーは9人だけ。さらに、寄付金を送ろうと全国炭坑労働組合に電話をしても、「レズビアン&ゲイ」と名乗ると相手にされない。
そこで、炭鉱に直接電話をしてみたところから、ロンドンのLGSMメンバーと、ウェールズの炭鉱町ディライスの人々との交流が始まり、事が動き出していく。

「男らしさ」が大事にされる炭鉱夫の集まる組合。はじめはLGSMの支援を受けるか否かで紛糾、混乱する。
このあたりの偏見を打ち破るのに難航するのかな、と思ったが、最初の障壁は、下世話な好奇心の助けも含めて、メンバー達が会って話をしているうちに案外すんなりと打ち解けて、数人だけがどうしても受け入れようとしない、という格好。こんなに早く仲良くなってしまって、物語としてはどうするんだ、と心配になったほど。
実話だというから、最初のとっかかりが実際にはもっと大変だったのかもしれないけれども。

物語としてどうしたかというと、ひとつには、LGSMと炭鉱組合という団体同士のメインストーリーの脇に、個人の事情とその解決・成長が描かれるサイドストーリーがちょろちょろと用意された群像劇的しかけをしたこと。

ゲイゆえに家族と仲が悪く、実家のあるウェールズをどうしても訪れられなかったゲシンや、保守的で過保護な家庭から自立できずにいたジョーの他、炭鉱町では概ね中年の女性たちがゲイやレズビアンに寛大で、LGSMのメンバーに感化されてどんどん活動的になってゆく。それに引きずられて、ダンスの得意なLGSMメンバーから習って女性にモテるようになる炭鉱夫も出てくる。
と、異世界の人が出会うことによる人の変化や成長が、そこかしこに見られて飽きが来ない。痛快と言ってもいい。

そしてもうひとつは、そうして個人の交流の中で育まれた友情も、外からの様々な圧力で、一筋縄ではいかない現実を見せること。社会現象として世の中で様々に取り沙汰されるストライキが大本にある以上、外からの好奇の目も、世の流れによる絡め取られも、避けられはしない。

炭鉱という産業がその後どうなったのか、2016年にいる私たちは悲しい事実をいくつも知っている。しかしそんな知識の気取りはどうでもよくなるほどに、逆境を生き抜き、行動を続ける人々のさわやかさに、拍手を送りたくなる作品だ。

■COLUMN
古いものも含めて、ここのところちょっとイギリスの映画を意識して観ていた。なぜかというと、「宣伝」のためである。

この春から、私の夫が「紅茶」の通信販売を始めたのだ。ティーブレンダーさんと組んで開発した、誰でも手軽においしく入れられるオリジナルブレンド紅茶を売る「犬猫紅茶店」。
なんで犬猫? と興味を持たれた方は、
http://dogcat-teahouse.shop-pro.jp/?mode=f2
この辺りをご参照いただければ幸いです。

私たち夫婦は、大学の「紅茶倶楽部」という紅茶をいろいろ飲み歩くだけというサークルで出会い、我が家の食卓にはつねに紅茶があった。そんな夫婦だ。
私の方はそれほど紅茶に詳しくもこだわってもいないが、そんなに高くなく、気取ることなく、おいしい紅茶が飲めたらいいな、とはいつも思っていて、犬猫紅茶店の紅茶は、まさにそんな紅茶だと思う。この事業が何とか続いて、私もこの紅茶を飲み続けられたらいいなと思っている。

というわけで、紅茶といえばイギリスの映画でしょう。と、何か紅茶の出てくるイギリス映画はないかな、なんて思っていたわけで。

この『パレードにようこそ』にも紅茶は出てこないにしろ、マークの部屋には、かわいいティーポットがちらりと写ったり、生活の中に紅茶が根づいていることはわかる。
しかし「イギリス映画=紅茶」というイメージは、いわゆるイギリスの上流階級が優雅に茶器をテーブルに広げて楽しむステレオタイプに支えられているもので、はたと気づくと、そんな古き良きブリティッシュの文化を見せるイギリス映画というものがあまりないのだなと思う。

じゃあ今のイギリス映画ってどんなものが描かれるんだろうというと、この作品に出てくるような、労働者から体制、階級への反発、マイノリティの闘いだろうか。最近観た『キングスマン』というスパイ映画、というかブラックユーモアとパロディ(オマージュ?)満載のおバカ映画で頭を空っぽにして楽しめるものだったが、この中でも、貴族趣味にいつまでもこだわるスノッブな貴族への、底辺から這い上がってくる者の逆襲がスパイスとして使われていた。

私の印象に残る「紅茶」が効果的に使われていた映画といえば、『シーズンチケット』(昔、このメルマガでも取り上げた。 http://oushueiga.net/back/film045.html )。
今回再見をしたかったがレンタルでも配信でも見つからなかったため、うろ覚えだが、この作品中の誰からも相手にされない不良少年が、自分の最高の思い出として語る言葉だ。
「スタジアムで父と一緒にサッカーを観てた。寒くて震えていると父がコートを掛けてくれて、ハーフタイムにはミルクたっぷりの温かい紅茶を買ってくれる。砂糖は二つ。あったかくておいしかった」

紅茶の象徴する物理的・精神的両面での温かさとおいしさをこんなに素直にわかりやすく表現している映画は他に知らない。ちなみに、父親にひたすら殴られて育った少年には、本当のところ家族の良き思い出など何もなく、友人から聞いて気に入っている話を自分の思い出として語ったのだ。少年が知ることのない「家族の温かさ」は、紅茶に託されて語られた。
そしてこれも、家は貧しく親からは暴力を振るわれ、学校からもドロップアウトした少年が好きなサッカーチームの試合を観たいと世の中と闘う物語だ。

イギリス映画で優雅に紅茶を飲むシーンなんかにかこつけて、紅茶の宣伝ができるかな、なんて私の浅ましい考えは打ち壊されたが、それは同時に、果たして私の好きな「紅茶」とはそういう「ハイソなブリティッシュネス」のイメージと同時にあるものなのか、というテーマにも突き当たることだった。

前述の通り、私はおいしい紅茶じゃなきゃ飲みたくないが、そんなに高いお金を出す気はないし、たまには優雅なティーパーティも素敵だけれど、やっぱり基本は気取らず気軽に気負わず紅茶をガブガブとやりたい。
だから、階級の格差に苦しめられる人々や、世間や体制と闘い抗う人の手に、紅茶がさりげなく持たれているような、そんなイギリス映画がもっともっと観られたらなあと、そしてそれをうちの紅茶片手に観たいもんだと、そんな風に思っている。

犬猫紅茶店 http://dogcat-teahouse.shop-pro.jp/
犬猫紅茶店広報室(blog) http://inunekotea.com/

---------------
★DVDなど

『パレードへようこそ』DVD ¥2,963
http://amzn.to/1UhXFzs

『パレードへようこそ』amazonビデオでの配信 ¥432〜¥540 (画質による)
http://amzn.to/1UDyXrE
(iTunesストアでは標準画質で¥300でした)

価格は2016年6月19日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?266B

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2016 Chiyo ANDO

---------------

posted by chiyo at 17:32| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

No.265 彼は秘密の女ともだち

================================================

欧 州 映 画 紀 行
            No.265   16.01.28配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 女性とは。女性性とは。 ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『彼は秘密の女ともだち』
製作:フランス/2014年
原題:Une nouvelle amie 英語題:The New Girlfriend

監督・脚色:フランソワ・オゾン(François Ozon)
出演:ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ、
   ラファエル・ペルソナーズ、イジルド・ル・ベスコ
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
クレールは、子供の頃からいっしょに過ごしてきた親友のローラを亡くして哀しみに暮れていた。残された夫のダヴィッドと生まれて間もない娘を護ると約束したクレールが、二人の様子を見に家を訪ねると、そこにはウィッグををつけ、ローラの服を着て赤ん坊をあやすダヴィッドの姿が。
「このことはローラも知っていたこと。女性の服を着たい」と打ち明けられ、戸惑うも、女装するダヴィッドを「ヴィルジニア」と名づけて、夫には内緒で「女同士の友情」を育んでいく。

ダヴィッドを演じるのは、現在のフランス映画には欠かせないロマン・デュリス。だんだん女装(特にメイク)がうまくなってはいくものの、ちょうどよい塩梅の「どうみても男性の女装姿」を、化けすぎずによく表現している。ダヴィッドとして普通の男性としてふるまうときと、ヴィルジニアになっているとき、その違いは、服装やメイクだけでなく、ちょっとしたしぐさにも表れる。眺めていて、女性っぽさというのは、そういうところから見えるのね、と改めて気づいたりも。

クレールは一度は理解して仲よく女友達として出かけたりするとはいえ、夫にダヴィッドと浮気しているのではないかと疑われて釈明することになれば、
「女装よりもゲイのがマシ!」とゲイだとごまかすことにして、結局女装のことは言い出せず、本当に受け入れることは、簡単には進まない。

「女装」をめぐるコミカルなドラマかとなんとなく思っていたが、後半から物語はだんだんと、男女のアイデンティティ、愛の形、重いテーマがずっしりと横たわるようになる。
どこに着地するのだろうと気を揉んで観ていたら、ラストは「ああそうなるんだ」と、宿題をつきつけられた気分だった。

■COLUMN
もう昨年のことになるが、近所の名画座で、この映画と『ボヴァリー夫人とパン屋』の二本立てが上映されていて観た作品だ。二本とも面白く気に入ったのだけれど、今回この作品の方を取り上げたのは、DVDリリースがもうすぐらしいから。

この二本立てを観に行ったのは、なんとなく「ファブリス・ルキーニが主演してるらしいボヴァリー夫人…」が目当てで、あまり事前に情報を仕入れていなかった。
その状態でこの作品を観ていたら、ふと、「これってペドロ・アルモドバル監督だっけ?」と錯覚しかけた。性別をめぐるテーマや、死から物語がはじまる展開、葬儀のシーンなどは『オール・アバウト・マイ・マザー』を彷彿とさせ、『トーク・トゥ・ハー』を連想させるシーンもある。

私は細かいところまではわからないけれど、オゾン監督はわりと他の映画の引用をわかりやすく入れ込んでくることがあり、両監督の作品をよく知っている人なら、もっといろいろと引用や目くばせを見つけることができるんじゃないだろうか。

そんな男/女、同性愛/異性愛、その固定観念を疑ったり、その境界を考えたり、なんてテーマの作品といっていいと思うが、いや、だからこそなのかもしれないが、「女性」の描き方が平板なんじゃないかなとも思う。

クレールとヴィルジニアの女同士の買い物は、あまりにもステレオタイプの女同士の買い物だし(もちろん、物語としてあそこにステレオタイプすぎる女同士の買い物が入ることが必要なのはわかる、が)、ヴィルジニアにつき合ううちに、だんだんと華やかな雰囲気になっていくクレールの描き方も、いい意味に普通でとっつきやすい姿のクレールの方が、友達になれそうな感じがするのに、きらびやかさが女性の「是」なのかと思う。(子供の頃から、ブロンドのローラの横で引き立て役のようにも見えたクレールの変貌というのが、物語として面白いことはわかる、が)

昔から洋服にあまり興味がなく、いわゆる「女同士の買い物」がいまいち得意ではない私は、それが「女性」なのかねえ、なんてちょっとすねてしまうのだ。
自分自身の女性性や男性性に、考えを向けざるを得なくなる、そんな作品。


---------------
★DVDとブルーレイ(2月17日発売予定)

『彼は秘密の女ともだち』DVD ¥3,459
http://amzn.to/1ResJ0v

『彼は秘密の女ともだち』Blu-ray ¥3,918
http://amzn.to/1OWglvI

価格は2016年1月28日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B265

---------------
感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2016 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 18:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

No.264.48 ご無沙汰特別号

================================================

欧 州 映 画 紀 行
               No.264.48   15.10.12配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

ご無沙汰しております。配信しなくっちゃ、しなくっちゃと思いながら、なかなか体勢が整わず、前回の配信から早5か月近く、ひょえーー。
半年配信しないと、「まぐまぐ」さんから休刊だったか廃刊だったかの扱いにされてしまうので、取り急ぎ、時間稼ぎ…じゃなくご挨拶がてら特別号の配信です。(「メルマ!」の規則はわからない)

私の近況といえば、最近引っ越しをいたしまして、ずいぶん長い間過ごしていた街を離れて、新しい生活がはじまりました。といっても同じ東京都内、電車で15分くらいの距離なので、生活ががらりと変わったというわけではありませんけど。

かつて配信した中で、引っ越しにまつわるお話はなかったかしらんと、考えてみましたが、ちょっと思いつかず。ただ、ラストが引っ越しシーンで、その引っ越しシーンが、キラキラとまだ見ぬ未来への期待に満ちていた映画を1本思いだしました。いきなりラストから語るというのも少々無粋ですが、このメルマガの記念すべき0号『猫が行方不明』の回です。

当時、「まぐまぐ」でメルマガを始める場合は、「ウェブサイト」を開設して、そこに、配信するメルマガのサンプルとなる原稿を掲載して、承認を受けるというシステムでした。2004年当時は、ブログなんてお手軽なものはありませんでしたから、「ゼロからできるホームページ」的な本を最初の10ページくらい読んで、サイトを作ってなんとか承認にこぎつけたのです。私のサイト作りの知識はそこで止まっています。

なので、この号はメルマガの最初の原稿ではありますが、一度も配信はしていないものです。
今読むと、ずいぶんとカタいというか、どう書いたらよいのか緊張して書いている感じがひしひしと伝わってきて、とても居心地が悪いですね。
あれやこれや、時が経つうちに、人生全体にずいぶん捨て鉢になってきたこの頃、愛する街を記憶にとどめたいなんて、もう言えないだろうな、そんな初々しさも。

小ネタとしては、今ではフランス映画の大スターとなったロマン・デュリスがまだ無名の頃、ちゃらいドラマーの役で登場しています。
そして、この映画ができた頃、この原稿を書いた頃には、想像もできないほどに、ITのサービスが進んだ現在、監督のセドリック・クラピッシュのInstagram(写真投稿のSNS)はおすすめですよ。
https://instagram.com/cedklap/


今週の作品はこちら
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
タイトル:「猫が行方不明」
制作国:フランス/1995年
スタッフ
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ギャランス・クラヴェル、ジヌディヌ・スレアム、ルネ・ル・カルム
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■STORY
パリ11区の古いアパルトマン。クロエはゲイの友達と部屋をシェアして暮らしている。メイクアップ・アーティストと肩書きはカッコイイけれど、仕事の内実は理不尽にこき使われる下働きだ。そんな彼女も今年は3年ぶりに夏のバカンスを楽しめる。目下の心配事は、旅立つ前に、飼い猫“グリグリ”を預かってくれる人を見つけなくてはならないこと。人づてに聞いて見つけた猫好きの老婦人マダム・ルネにグリグリを預け、いざ、海へ。楽しいバカンスを過ごしてパリへ戻ってみると…、グリグリが行方不明! 気っ風のいいマダム・ルネも、「猫に逃げられるなんてはじめてだ」とすっかり意気消沈してしまっている。マダム・ルネのお仲間の老婦人部隊、近所の若者衆が動員され、グリグリ探しがはじまる。

■COMMENT
「いなくなった猫を探す」。シンプルな物語だけれど、そこに表れる微妙な心理がおもしろい。

今まで何の交流もなかった近所の人々といっしょに行動をするうちに、クロエには見慣れた風景が少しずつ違って見えはじめる。周囲にいろんな人がいることや、自分が案外孤独を抱えていることに気づくのだ。職場でも、プライベートでも、何かが足りないような気がしている人、自分自身のちょっとしたことに気づけないでいる人は、自分自身を含めてまわりにたくさんいるのでは? だから、見ている側はクロエや彼女のまわりの人物にに感情移入もできるし、「こういう人いるいる」と楽しむのもいい。ユーモアあふれる会話には思わず吹き出すことも。

私はなぜだか、猫探し友だちとなった老婦人が、用事もなくクロエに電話してしまいクロエに煙たがられるシーンに、共感を覚えた。老婦人は新しい友人に何となく話したかっただけ。笑っちゃうような、笑い事では済まされないような、もどかしさを孕んだ共感。おばあさま方から見たら充分に今どきの若い人である私には、それをうるさがるクロエの気持ちも身にしみてわかってしまうのだ。

舞台となったパリ11区、下町風情のあった地区がファッショナブルに変貌していく途上の風景は、観光旅行とはまた違ったパリの街を垣間見られる。「地上げ」で次々と住民が追い出されたり、いつかの日本の都会の風景にも似ている。
原題“Chacun cherche son chat”(“シャカンシェルシュソンシャ”早口言葉っぽい)は「皆それぞれ自分の猫を探している」の意。見る人も自分の探しものに気づくことができるやもしれない。果たしてグリグリは見つかるのか、は見てのお楽しみ。


■COLUMN
「猫が行方不明」でも、「この店は、前は楽器店だったのよ」などと言いながら街を歩くシーンが登場するが、街はいつも姿を変えている。しょっちゅう歩いて見慣れた街なのに、ある日「あれれ、こんなとこにこんな店あったっけ」と思うことがしばしばだ。そしてその次に来るのは「前、何だっけ?」。
なくなった店が、何十年も続いていたおそば屋さんだったりしたら、「おじさん、やめちゃったのねー」と感慨にも浸れる。だが、その記憶もなじみつつある新しい風景に駆逐されてしまうかも知れない。ここ2年で4軒目だね、なんてところなら、間違いなく、前の店を覚えてはいない。
そんなことを繰り返しているうちに、感覚が鈍くなり、何ヶ月かで入れ替わる風景など、最初から記憶にとどめなくなる。忘れたのではなく、最初から目に入れてすらいない。よくも悪くも街は次々変化する。変化は止められなくても、自分が愛する街なら、記憶にくらいはきちんととどめておきたい、と思う。

---------------
★DVDはどれも中古でプレミアムがついて高いですが、一応。

http://amzn.to/1Zq7bAk
http://amzn.to/1GCoORP (HDニューマスター版DVD)

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B264-48

---------------

筆者へのメール
enaout@infoseek.jp
感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

ホームページ http://oushueiga.net/
バックナンバー http://oushueiga.net/back/
blog版 http://mille-feuilles.seesaa.net/

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2015 Chiyo ANDO

---------------
posted by chiyo at 19:45| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月17日

No.264 100歳の華麗なる冒険

================================================

欧 州 映 画 紀 行
               No.264   15.05.17配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 百年の荒唐無稽 ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『100歳の華麗なる冒険』
製作:スウェーデン/2013年
原題:Hundraåringen som klev ut genom fönstret och försvann
英語題:The Centenarian Who Climbed Out the Window and Vanished

監督・共同脚色:フェリックス・ハーングレン(Felix Herngren)
出演:ロバート・グスタフソン、イヴァル・ヴィクランデル、
   ダーヴィッド・ヴィーベリ、ミア・シャーリンゲル、
   イェンス・フルテン
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
スウェーデンの田舎町。アランは老人ホームで100歳を迎えた。ホームの職員たちが忙しく誕生日パーティーの準備をする中、一人部屋で考え事をするアランだったが、ふと思い立ち、部屋の窓から抜け出してあてのない旅をはじめる。
行き着いたバスターミナル。風体のよくない若者にスーツケースを持たされるが、発車ベルに急かされてアランはそのままバスに乗ってしまう。しかし、このスーツケース、どうも大変なシロモノらしく、ギャングに追われる身に……

いやいや、賛辞としての「荒唐無稽」がたっぷりつまった楽しい映画だった。何度も声を出して笑ってしまった。

消えたスーツケースを追って、少々頭の足らないギャングたちが、アランの行方を必死に探し回る、その展開と交互に、アランが生まれてからこれまでの人生を振り返るシーンが挟まれていく。
はじめは、「100歳になって認知や判断が遅くなったおじいちゃん」くらいに思っていたところが、その人生を振り返るや、スペイン内戦、第二次世界大戦、東西冷戦、現代史のあらゆる重要なシーンに、ひょんなことからひょこひょことひょうひょうと顔を出す仰天な人生なのだ。

ギャングとの追いかけっこにしろ、アランの生涯にしろ、そこで繰り広げられるユーモアは、かなりブラックだ。だから観客を選ぶ作品だとも思うが、私は、ここまで荒唐無稽にスケールを広げてくれるおかげで、散りばめられたブラックなシーンを楽しく笑い飛ばせた。

原作本はスウェーデンでミリオンセラー、40ヵ国以上で800万部売れた新人作家の小説だそうだ。日本でも売れ行きが好調で、翻訳しているのは、難解な作品の翻訳を好むという、あの柳瀬尚紀氏だというから、原作本も読んでみようかと思っている。
映画の中では、時間の進みがおかしくないかなと思われるところがあって、それが映画用に短縮した結果なのか、それとも、そのくらいのゆがみはユーモアの一部として描かれていたのか、気になるところもあるから。

■COLUMN

ブラックユーモアが満載と言ったが、スウェーデン語がわかったら、もっともっとブラック度はきついのではないかと想像する。

それが、ただの悪ふざけに終わっていないのは、アランが生まれてからの100年の歴史を振り返るという設定が、観る者の知的好奇心を刺激することが大きいだろう。
今ここにある時代とダイレクトにつながっている現代史は、無条件に人の行いの愚かさや哀しさに思いを馳せやすい。当のアランはまったくそんなものは纏っていないし、時の権力者の描かれ方は滑稽そのものなのだが、100年の歴史絵巻にはそこはかとないペーソスさえ感じられる。
観客は、繰り広げられる歴史に、自分の中にある知識や感情を何となく重ねて、そこに哀しみや皮肉を見て、時に教訓さえ引き出すことができるかもしれない。
うまく作られた物語装置だと思う。

テンポよく進む悪ふざけたっぷりのコメディにガハハと笑いつつ、知的好奇心をくすぐられながら、自分なりに思う歴史の哀感に浸れる、お得な一本だ。

---------------

★DVDとブルーレイ、原作本

『100歳の華麗なる冒険』DVD ¥3,051
http://amzn.to/1B307eq

『100歳の華麗なる冒険』Blu-ray ¥3,754
http://amzn.to/1GejOWT

原作本『窓から逃げた100歳老人』¥1,620
http://amzn.to/1Kcg2PY

価格は2015年5月16日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B264

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://oushueiga.net/about.html
twitter: http://twitter.com/chi_yo_an

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2015 Chiyo ANDO

---------------

posted by chiyo at 18:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする