2009年07月01日

「日本のWebは残念」と言った場合の「残念」の意味は?

ここ1年くらいだろうか。もっと前からだろうか。
「残念」という言葉が、今までとちょっと違う意味合いで使われることがある。

「期待はずれな感じ」や「あー、なんだかなあ、とほほ」(とほほって言い方も古いが!)、
ていう脱力を伴った「がっかりなもの」を表すときに「残念」という言い方をする。
芸人さんがだめな人をからかうのにも使って、私が思い出すところでは「千原兄弟」の兄・せいじの方が、ジュニアのキレに比べて、なんだかパッとしないキャラであることを「千原兄弟の残念な兄」と表現されていた。
アイドル好きの人は、外見はいいのに中身がどうしようもなく天然だと「残念な子」という言い方をするらしい。実際に使われているところを見たり聞いたりしたことはないのだけれど。

「残念」というのは、もともと、すでに完了したもの、状況が続いていてもある時間で一度完了しているとして区切った状況や出来事に対して、希望通りではない結果になってしまって、「心残りだ」と表現する言葉で、人やあるものの性質全体について形容すると、目の前にいるものを「もう終わった」と表しているようなもので、言葉の使い方としてミスマッチなのだ。
だからこそ、「残念な誰々」という表現は、(たとえば「終わってる」と)相手を揶揄する意味を持ち、ミスマッチゆえに面白さが生まれるのだと思う。

で。
一月くらい前から物議を醸しているらしい梅田望夫氏の、日本のWebは「残念」発言。
私はいわゆるウェブ社会のことはよく知らないし、梅田さんの考えや、それに対する様々な人の意見の細かいところは置いておく。

このITメディアの記事で、「残念」という言葉が使われているのは、見出しの他は、
リード部分の
・日本のWebが「米国とはずいぶん違うものになっちゃった」と残念がる
というところ、
・倒置法になっているけれど、「英語圏のネット空間と日本語圏のネット空間がずいぶん違う物になっちゃったなと。」残念に思っている。
・“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはある
という3箇所だ。

インタビューを文章にする場合、言った通りの表現で書くことはまずないので、梅田さんが実際にどのように言葉を選んだのかは、こちらではわからない。
ただ、梅田さんが話していることとして出てくる「残念」は、今までのところの日本社会や日本のウェブのある具体的な状況・出来事について、「残念だ」という意味で、昔から使われている「残念」と同じ意味だ。

しかし、見出しになった 日本のWebは「残念」 という言い方は、日本のWeb界の個々の出来事に対して表する言い方ではなく、日本のWebというものの性質そのものを「残念」と形容する、揶揄した流行りの言い方である「残念」の方だ。


この梅田さんの発言に、多くの人がショックを受けて感情的な反応すら呼んだのは、ある部分はこの見出しのせいじゃないかと思う。
ひょっとしたら、見出しのような言い方を梅田さん本人がしたのかもしれないけれど、可能性としては低いと思う。
「残念」という言葉がインタビューの中で多く使われたので、書く人がそれを短く見出しにしてまとめたら、今の日本の言語環境では意味合いが違ってしまった、てところじゃないだろうか。

この見出しに、「日本のWeb」が揶揄されたように、不当におとしめられたように感じる人がいて、強い拒否反応があったのだろう。
だから、「梅田、お前のが残念」とか「そんなことよりはてぶのが残念」だとか、「残念」という言葉を使った罵倒し合いのような、見出しリンクが世に飛び交うことになった、と考えられる。

もちろん、もっと冷静に議論している人もたくさんいるだろうが、ここではそういう話はしない。
ただ、門外漢としてこの記事を読むと、たぶん、そういう言葉の使い方に特に敏感じゃない人が書いたから(見出しをつけたから)、意図しないまま結果的に扇情的になってしまった、そんな風に思うのだ。
posted by chiyo at 01:53| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

No.211 人生に乾杯! (新作)

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欧 州 映 画 紀 行
                No.211   09.06.26配信
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★ スローなギャング映画はいかがですか ★

作品はこちら
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タイトル:『人生に乾杯!』
製作:ハンガリー/2007年
原題:Konyec 英語題:不明

監督:ガーボル・ロホニ(Gábor Rohonyi)
出演:エミル・ケレシュ、テリ・フェルディ、
   ユーディト・シェル、ゾルターン・シュミエド
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■STORY&COMMENT
81歳の夫エミルと70歳の妻ヘディ。社会主義が崩壊したハンガリーでは、年寄
りが年金では暮らしていけず、家賃を払うのにも苦労し、毎日取り立てから逃
げている。かつて運命的な出会いをした二人だが、苦しい生活のなかですっか
りぎすぎすしている。
ついに二人の思い出のイヤリングが借金の形にとられたとき、エミルは郵便局
で強盗することを決心する。不思議な老人カップルギャングの誕生だ。

共産党幹部の運転手をしていたエミルの愛車は、1950年代のチャイカ。そんな
車を走らせて、「カーチェイス」ぽいこともある映画なのだけど、老人を描い
た作品らしい、どことなーくスローな感じがいい。

生活苦から強盗を思いつくエミルだが、要求のつきつけ方は紳士的。
テレビのニュースで夫の行動を知り、一度は警察に協力するヘディは、途中で
警察を振り切って共に逃避行の道を歩む。
「こんな生活には耐えられないから、強盗してやる!」てな感じでの、夫婦の
「決心の瞬間」や「社会への憤り」はなし、そろーりと黙って強盗をやりはじ
めた夫に、あらためて夫にかっこよさを認めて、おもむろにくっついていっしょ
に行動する妻。ふつうのクライム・ムービーには絶対に見られない独特の雰囲
気の「スロー」だ。

ギスギスしていた関係も、二人に目的ができた今、昔のようにいたわり合い、
思いやり合う関係に変化する。逃避行の合間に仲睦まじく会話をする様子には、
盛り上がるシーンでもないのにホロリとくる。
そうするうちに、ささいな言い合いや、焼きもちやらも復活して、自然で平和
な夫婦の生活がすっかりなじむ。逃走中の二人ということを忘れそうなほどに、
円熟の暮らしが見える。

強盗とスローな老夫婦、タイミングの悪い警察、「老人の生活の苦しさを世に
知らしめてくれた!」と二人を応援する世論など、コミカルなエピソード群に、
二人を追う警察官のロマンスと、ちょっぴり意外なオチが加わって、飽きのこ
ない娯楽作品にできあがっている。

でも、単なる娯楽作品じゃない。長く長く人生をともにしたカップルならでは
の関係が沁みいる。
重くはないけれど軽いともいいきれない。ちょっとした「ひっかかり」を心に
残してくれる作品である。

■COLUMN
外国の映画を観て、その国の風土を垣間見るのが、このメルマガのテーマでも
ある。
ハンガリーの映画というと、今までに、このメルマガでは『カフェ・ブダペス
ト』
『君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956』という2作を取り上げたことが
あって、たぶんこの『人生に乾杯!』が3作目のハンガリー映画だ。そのなかで、
ハンガリーローカルの雰囲気が最も薄いのが、この映画だ。

外国映画を観るときには、文化や風土の違いだけじゃなく、遠い国と自分が慣
れ親しんだ国との共通点を見つけることにも、楽しみがある。この映画は、
「ハンガリーって、こんな国なんだ」という驚きや興味よりも、「ああ、どこ
もいっしょだね」とうなずいて楽しむところが目立つ。

もちろん、「社会主義が崩壊した」という特殊事情は、年金を管理する役人が
無能だったという日本のしょぼい特殊事情とは比べものにもならないが、「年
金だけでは暮らせない」という不安が現実のものになっていることは、この国
でも同じだ。年金の問題は、役人たちが記録をしっかりつけていたとしても、
制度として崩壊しそうであることで、そうした社会保障費に困っていることは
どこの国でも同じだろう。

そして、国を騒がせる犯罪がテレビで逐一報じられ、その感想を一般の人たち
がインタビューで語り、世論が作られていく、こんな社会もどこの国にも共通
のことだ。
ヘディが近所の友だちといっしょに見るクイズ番組は、「ミリオネア」。
日本ではみのもんたの司会でおなじみの、世界共通のクイズ番組だ。

東欧の異国情緒を求めるのも、お門違いではないが、いまやEU加盟国であるハ
ンガリーは、グローバルに共通な課題をかかえ、「世界のどこの国にも似てい
る」国のひとつである。おそらく作り手は「世界共通のテーマ」であることを
意識して作ったんじゃないか。だからこそこんな極東の国まで、この映画が届
いたのかもしれない。

とはいえ。
逃避行の物語はロードムービーでもあり、ハンガリーの風景を眺める楽しみに
は事欠かない作品。外国の景色がお好きな人にもおすすめ。

■INFORMATION
☆新作映画です。
東京・シネスイッチ銀座、愛知・名演小劇場、山口・シアター・ゼロにて
公開中。全国順次公開予定。
公式サイト: http://www.alcine-terran.com/kanpai/index.html

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☆次回配信のおしらせ
マガジンスタンド「まぐまぐ!」がシステムリニューアルのため、
7月1日〜3日まで、配信機能を停止します。
それに便乗し(?)来週はこのメルマガも配信をお休みします。

次は7月9日(木)にお届けする予定です。
ここのところ毎週金曜に配信がずれていたので、その「ずれ」も直せれば。
それでは、また次回をお楽しみに。
よろしくお願いします!

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感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。

編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://mille-feuilles.hp.infoseek.co.jp/cinema/about.html
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2009年06月19日

No.210 奇人たちの晩餐会

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欧 州 映 画 紀 行
                 No.210   09.06.19配信
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★ 罪悪感が笑いのスパイス ★

作品はこちら
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タイトル:『奇人たちの晩餐会』
製作:フランス/1998年
原題:Le dîner de cons 英語題:The Dinner Game

監督・脚本:フランシス・ヴェベール(Francis Veber)
出演:ジャック・ヴィルレ、ティエリー・レルミット、カトリーヌ・フロ、
   ダニエル・プレヴォスト、フランシス・ユステール、
   アレクサンドラ・ヴァンダヌート
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■STORY&COMMENT
出版業で成功しているピエール・プロシャン。「バカ」を探し出してきて仲間
と笑いものにする晩餐会が毎水曜の楽しみだ。
今回の「バカ」はマッチ棒細工が大好きなフランソワ・ピニョン。晩餐会当日、
プロシャンは、ぎっくり腰で動けなくなり、さらに妻が愛想を尽かして家を出
るという憂き目にも遭い、自宅でピニョンと過ごすことに。
ピニョンと、彼に振り回されっぱなしのプロシャンのやりとりが楽しいコメディ。

最近DVDになったラフマニノフの映画で書くことを予定していたのだけれど、観
てみたら、あんまり私の好みではなかったので、急遽、なんかないかなと探し
て、CSチャンネルでやっていたこの作品に。
実をいうと、この作品、公開された頃に観たとき、面白いは面白いけれど、ど
うも根本のところでノレなかったのだ。だから、今までメルマガでも取り上げ
てこなかったのだけれど、今回改めて観てみたら、なーんのひっかかりもなく
楽しめた。

この「バカ」フランソワ・ピニョンは、
・熱中すると話がとまらなくなる
・そして、熱中すると直前の会話やできごともすっかり忘れる
・今風にいうと「空気を読めない」、人が迷惑がる可能性を察知しない
・根は善人かもしれないがとにかく間が悪くておせっかい
等の性質を持ち合わせていて、

腰痛のプロシャンを助けようとしてよけいひどいことになったり、出て行った
妻のことで役に立とうとして、これ以上ない最悪の結果を引き出したり、キャ
ラクターの立ったよくできたシチュエーションコメディだ。

この作品の肝は、もちろん、このピニョンのキャラクターだが、それに付随す
る要素として、人の罪悪感を刺激するブラックさがある。

本人は何の自覚もしていないちょっと変わった人を集めてきて、こっそりバカ
にして楽しむという悪趣味なプロシャンを見せられて、観客は軽く嫌悪感を抱
く。豪奢な家や金持ちの趣味ゴルフ(フランスでは日本ほど一般的なスポーツ
ではない)と、装置もしっかり揃う。
だが、ピニョンが登場して、実際にいろいろかき回してくれると、「こいつホ
ントにバカだ」と、「バカ」呼ばわりすることも果たして間違いじゃない、と
いう気がしてくる。
だから、知らず知らずのうち、プロシャンの悪趣味に観客は参加させられるわ
けだ。鼻持ちならない金持ちの道楽の共犯となって、奥の方にある罪悪感がチ
リチリとする。

この作品で生まれる笑いは、そういうギリギリのバランスのところに作られて
いる。おかしいところは、罪悪感が手伝ってさらにおかしく、しかし、それに
耐えられなければ、「なんだか笑えない」となることもあるだろう。

前に観たとき、なんで私はノレなかったかというと、きっと、罪悪感に耐えら
れなかったのだろう。ピニョンを演ずるジャック・ヴィルレが、あまりに自然
で、なんだかピニョンに本気でイライラしてきてしまったから、笑うよりも、
実は日常生活で誰かを「バカ」呼ばわりする己の姿を見せられたようで、辛く
なったのかも。
現在の私は、ちょっと成長して心が広くなったんだろうか。罪悪感のチリチリ
を片腹に感じながらも、それをブラックな味付けとして、楽しく吹き出しつづ
けた。

物語は最終的に、観客が最初にいだいた嫌悪感を裏切らない。「バカ」はバカ
にされるだけじゃなくちゃんと反撃する。そして、その後のオチもしっかり。
鬱陶しい梅雨時は、笑って元気を取り戻す、てのもおすすめです。

■COLUMN
フランシス・ヴェベール監督にとって、「フランソワ・ピニョン」という名は、
大切なものらしい。脚本も書くヴェベールの作品には「フランソワ・ピニョン」
という登場人物がたびたび出てくる。
同じキャラクターというわけではなく、それぞれの物語でそれぞれのキャラク
ターを持っているのだが、名前は同じ。

このメルマガで以前取り上げた『メルシィ!人生』で、ゲイと偽って、世間体
を気にする会社から、リストラ撤回を勝ち取ろうとする主人公が、フランソワ・
ピニョンだった。
http://mille-feuilles.hp.infoseek.co.jp/cinema/back/film006.html

ピニョンが出てくる作品は、私もこの2作しか観たことがないのだが、世間で
はちっとも相手にされない冴えない人物なのだけれど、周りを巻き込んでいつ
の間にかその事件の主役になるようなキャラクターが共通項としてあるんじゃ
ないかと思う。


『奇人たちの晩餐会』は、「バカ」をバカにするブラックな面を持っているが、
その底には、世間ではとるにたらないと評価されそうな小さな庶民への優しい
眼差しがある。
だから、ヴェベールファンは、「フランソワ・ピニョン」という登場人物の名
前を聞いただけで、ワクワクするのだろう。

同じ名前だけれどキャラクターは別、という使い方は、他ではあんまり思い当
たらないけれど、そういうのも面白い「シリーズ化」だと思う。

■INFORMATION
☆DVD
奇人たちの晩餐会 リマスター版 [DVD]
価格:¥ 3,587(定価:¥ 3,990)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00009V9FA/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

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タグ:フランス
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2009年06月12日

No.209 画家と庭師とカンパーニュ

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欧 州 映 画 紀 行
                 No.209   09.06.12配信
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★ ゆったり田園風景 ゆっくり友情 ★

作品はこちら
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タイトル:『画家と庭師とカンパーニュ 』
製作:フランス/2007年
原題:Dialogue avec mon jardinier 
英語題:Conversations with My Gardener

監督・共同脚本:ジャン・ベッケル(Jean Becker)
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジャン=ピエール・ダルッサン
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■STORY&COMMENT
パリで成功した画家が、生まれ故郷に戻って新しい暮らしをはじめた。庭師の
募集にやってきたのは、偶然にも小学校の同級生。再会を喜び、すぐに意気投
合し、数十年ぶりの友情を築いてゆく。

故郷は早くに飛び出し、パリで芸術家仲間と暮らし、財産も築いた画家は、自
らの浮気癖のせいでただいま妻と離婚調停中。かたや庭師は、ずっと同じ村で
過ごし、中学を出て国鉄職員として働き妻とつつましく暮らしてきて、退職し
た今、念願の庭師となった。

生活感覚や常識の違う者同士、懐かしさで仲よくなっても、やがてその関係に
暗雲がたちこめるのか……、なーんて構えて見ていたのだけれど、そんな展開
には、ちっともならなかった。
ちょっと前に紹介した『ぼくの大切なともだち』で、ダニエル・オートゥイユ
が友情というものを理解しない男を演じていたことにひきずられていたのかも
しれない。それとも、人間の暗い面を見ることばかりに慣れてしまったのか。

もちろん、互いの境遇や環境の違いで会話がすれ違うところはたくさんある。
一方が一方を理解できなくて、言い争いになることもある。たとえば、顧客に
注文された絵を描いていて辟易している<芸術家の苦悩>を理解しない庭師。
たとえば、失業した娘婿のことで悩む庭師に対し、<いまこの時代に労働者階
級が再就職することの難しさ>を理解できない画家。
だけれど、それは、何かが決定的に変わってしまうすれ違いにはならない。フ
ランス人の友人らしく、言いたいことを言ってけんかになっても、それはその
場だけのこととなる。

邦題だと『画家と庭師とカンパーニュ』と、主人公二人と繰り広げられる舞台
が並列した形になっているけれど、原題は「うち(私)の庭師との会話」。二
人の関係というよりも、画家の目線で観て、二人の会話を楽しむのが合ってい
るのだろう。事実、出てくるシーンはすべて画家の行動を追ったもの。画家が
いなくて庭師のいるシーンはなく、田舎でもパリでもいつも画家のいるところ
だけが物語に登場する、画家目線の物語だ。

庭師は、念願だった庭師を退職後のアルバイトにできたことがうれしい、とい
う変化があるが、地に足をつけつつましく家族と暮らす生活は、基本的に変わ
らない。しかし画家は、スノッブなパリの芸術家を庭師に聞いた話を引用して
やりこめ、修復不可能に見えた夫婦の関係も自分が少しずつ他人を気遣うこと
をきっかけにして変わっていく。
人生もすっかり完成したかに見えるときに訪れる、柔らかい変化が心にしっく
りくる作品。

■COLUMN
たまたま睡眠不足の日に観たことも影響し、途中、少し眠くなるところもあっ
た。けれど、それは、退屈なのとは違う。田舎ののんびりした景色と、友情を
復活させた二人の雰囲気がなんともゆったりして、リラックスを呼ぶからだ。

夏を前に、どこか緑のあふれた空気のいいところに行きたいな、と思っている
人は、いい旅行気分を味わえる。
また、自分の故郷が木々ざわめく田園ならば、夏を前に、帰省時期を決めたい
な、なんて気分になる人もいるだろう。

私の育った町は、空気をいっぱいに吸い込みたくなるような田園風景ではない
けれど、決して都会ってわけでもない、中途半端な故郷だ。19歳でその故郷を
離れた私が、この映画で妙に「あるある」と共感したのは、庭師がふいに口に
する同級生や友人の名前に、画家が反応できないところだ。

たまの帰省で会う小・中学校の同級生は、小学校の教師をしている。昔の同級
生が父兄にいるとか、昔教えてくれた先生が上司になったとか、いついつの隣
のクラスの誰々が非常勤で働きに来たとか、そんな話をよくしてくれる。いろ
いろと繰り出される名前を、私は把握するのに何秒かタイムラグがあって、そ
の名前から昔の思い出をたぐりよせるのに、けっこう苦労する。

あるひとところにずっと住んでいると、記憶がずっとひと揃いで続く。住む場
所を変えると、自分でも気づかないうちに、思い出は断絶されてどこかに追い
やられている。いいとか、悪いとかいうことではないのだが、すぐにピンとこ
ない名前たちに、そんな記憶の差を思うことがある。

大きな変化があるわけではないゆったりした物語は、観る人によって、さまざ
まに捉えられそうだ。今、緑を欲している人には緑を、故郷を懐かしむ人には
故郷のあたたかさを、旧友を思う人には旧友の心強さを。夫婦関係に苦しむ人
には仲直りの道筋、てものある。
みたいものを、みせてもらい、考えさせてもらい、のんびりと観るのが合って
る作品かな。

■INFORMATION
☆DVD
画家と庭師とカンパーニュ [DVD]
価格:¥ 3,775(定価:¥ 4,980)
http://www.amazon.co.jp/dp/B001S8SFHS/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

☆コメントくくださった方へお返事
〇 さま
ありがとうございます。最後の一言コメントは、楽しみにしてくださる方が実
は多く、私も最も力を入れるコーナーで……というのはウソ、これからも気楽
に近況報告を続けていきます。たまに忘れますが。(このコーナー、blog版や
サイトのバックナンバーにはありません。ごめんなさい)。
ラッキョもいいですねえ。おいしいものができたら教えてください!

じゅんこ おおくぼ さま
『家族の肖像』は、いろいろな角度から楽しめる要素がつまっています。ご覧
になったら、またぜひ感想を聞かせてくださいね。

kaede さま
映画の使用言語の件、そうなんですよね。言葉が伝えるのは意味だけではなく
て、音や雰囲気も含まれていますから、やっぱり、その物語の風土として現地
語、実際にそこで使うであろう言語の方が、しっくりくると思います。

※コメントへのお返事は、原則として、次号でこうした形になります。
メールで返事をご希望の方は、メールアドレスと「返事はメールで」の一言を。

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http://clap.mag2.com/caemaeboup?B209

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2009年06月06日

シャルロットとイヴァン

ローランギャロス(テニスの全仏オープン)を見ていたら、
観客席のシャルロット・ゲンズブールがアップで映されていた。
目と髪しか映ってなかったので定かではないけど、後ろにいたのが、
だんなさんのイヴァン・アタルだったんじゃないかな。
やっぱり夫婦ででかけても、
子供の頃から有名人のシャルロットばかりが注目されるのかなあ。
なんてどうでもいいことを考えてしまった。

シャルロットとイヴァンの映画
前に書いた物。

僕の妻はシャルロット・ゲンズブール
フレンチなしあわせのみつけ方
posted by chiyo at 14:15| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(0) | その他映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

No.208 家族の肖像

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欧 州 映 画 紀 行
                No.208   09.06.05配信
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★ 生身の人間相手に夢を見られるのなら、悲劇ってだけじゃない ★

作品はこちら
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タイトル:『家族の肖像』
製作:イタリア・フランス/1978年
原題:Gruppo di famiglia in un interno  英語題:Conversation Piece

監督:ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)
出演:バート・ランカスター、ヘルムート・バーガー、ドミニク・サンダ、
   クラウディア・カルディナーレ、シルヴァーナ・マンガーノ
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■STORY&COMMENT
ローマの大きなアパルトマンに家政婦を雇って、静かに自分の世界に閉じこもっ
て暮らす老教授。そんな教授のもとに、2階を借りたいという母娘が現れる。
断る教授を強引に説き伏せ、この母ビアンカと娘リエッタは2階に住むことに
してしまう。
リエッタの婚約者、ビアンカの愛人コンラッド、価値観の違う住人と隣人(上
下だが)となり、戸惑い辟易する教授だが、コンラッドが、絵画を理解し、モー
ツァルトを愛し、芸術について造詣が深いことを知って、彼を見る目が変わっ
てくる。

ひっそり暮らしている老教授のところに、騒がしい間借り人がやってきて、教
授の生活が変わっていく。筋立てはシンプルなのだけれど、実はいくつも要素
があって、(たとえば、「世代のギャップ」「貴族の暮らしと考え方」「親子」
「家族」「ヨーロッパと新世界」などなど)どこを中心に観るのか、どこを中
心に語るのか、という選択はきっと無数にあるだろう。
きっとヴィスコンティが好きな人というのは、その辺が楽しくてたまらないん
じゃないかな。

言い訳じゃないけれど、私は生半可な映画ファンなので、そんなに広がったこ
とを言えるわけじゃない。いちばんシンプルなところ、老教授の「家族」への
憧れの話にとどめる。

貴族階級でインテリ、家族はなく、好きなものに囲まれて、静かに暮らしてい
る老教授(名前は最後まで明かされない)は、自分のテリトリーを守り、自分
の人生に満足しているように見える。
しかし、カンバセーションピースと呼ばれる家族の肖像画を好んで集め、身の
回りに飾っているところからして、こっそり「家族」に憧れているのだろう。

だから、はじめは迷惑に思っていた騒がしい間借り人たちに、そのうちに「家
族」の情で接しようとする。コンラッドに対しては、「自分の知識を託せる息
子」くらいの気持ちを抱く。
教授の頭には、別れた妻や母の思い出がフラッシュバックし、闖入者たちの存
在は、確実に教授の生活にも考え方にも影響を与えていく。
老人は、実生活で実現できなかった「家族を持つ」を今ここで現実のものにで
きるかと、うっかり思ってしまったのだ。ことあるごとに、教授は心ざわめく。

しかしそうして、家族なんだと思って腹をくくったころ、この「家族」は崩壊
の方向へ急激に向かっていく。世捨て人が、もう一度人を信じて関わっていこ
うとしたときのこと。所詮は教授の幻想に過ぎなかったのか、家族として理解
することは無理だったのか。

物語は悲劇なのだけれど、私には悲劇だけじゃない気がしてならない。老年に
さしかかったとき、理解不足だろうが幻想だろうが、生身の人間相手に家族を
夢見たことは、よかったんじゃないだろうか。ここで言うような「古き良き理
想の家族」が、物心ついた頃にはある意味すでに崩壊していた世代だから、そ
う思うのかもしれないけれど。
家族と感じたり、息子と呼びたい人ができるのは、晩年のすてきなできごと。
私にはそう思える。

■COLUMN
この『家族の肖像』は、このメルマガで取り上げるものとしては、例外的だ。
新しめの作品を取り上げることが多いのに、この作品はちとクラシックという
こともあるが、もう一つ、私には、現地語で話している作品を取り上げたい、
という思い・優先順位がある。

『家族の肖像』は、舞台はローマという設定だが、登場人物は皆英語で話す。
本国イタリアで公開したときは、イタリア語の吹き替えだったらしい。

外国の映画を観るときは、その国の言葉も音で楽しみたいから、東欧の話なの
に英語だったりすると、がっかりしてしまう。
といっても、外国語を聞いてもわからないから、ひょっとすると、田舎の話な
のに皆標準語で話しているとか、リアリティのないことはいっぱいあるのかも
しれない。だから、「現地語第一」なんて考えていても怪しいもんだが、まあ、
とにかく、そういう映画の方が好きなのだ。
(もちろん、全編英語でも面白い作品はたくさんあるし、今回の『家族の肖像』
もそのひとつである)

グローバル化が進むと、いろんな国の俳優が集まって映画を作ることは今後もっ
と多くなるだろう(『家族の肖像』も、そういう形で共通語の英語が選択され
ているのだと思う)。

どっちみち、字幕や吹き替えで、それぞれの国の言葉で理解するんだから、世
界中から最高峰の俳優を集めて、世界の共通語である英語で製作すればいい。
英語なら、翻訳なしに理解できる人の数も多い。
その考え方もわかるけれど、なんだか私はつまらない。
世界には、こんな響きの言葉を話している人たちがいる。そんなことを無意識
に感じることだけでも、価値あることだと、私は思うんだけどなあ。

■INFORMATION
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家族の肖像 デジタル・リマスター 無修正完全版 [DVD]
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2009年05月26日

なぜか相次いで、小説の読み方・書き方の本

小説の読み方とか書き方とか、そういう指南書っぽい本を続けざまに読んだ。


平野啓一郎
小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)

柴田元幸 高橋源一郎
柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方

島田雅彦
小説作法ABC (新潮選書)

平野啓一郎の『小説の読み方』は、綿矢りさ『蹴りたい背中』、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』、美嘉『恋空』などのベストセラーを含めた9編の小説を取り上げる。
その抜粋を分析し、文体がどんな効果を上げているか、読者をひきつけるのはどんなところなのか、などを解説している。

なるほどねー、作家って、そういうことを考えながら書くんだー、とてもわかりやすく楽しめる。
ただ、「感想が語れるか」というと、違う気がするなあ。これを読んで理解できても、じゃあ別の作品を平野氏のように解説できるかというと違うし、分析が感想につながるとも限らないし。
これを考え出すときっと、「感想を語る」とは何ぞや、てとこに行き着いてしまうんだろうけれど。

『柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方』は、
人気翻訳家と現代日本文学の第一人者の対談形式。

読み始めたら、なんだか、難しくて絶望的な気持ちになってしまった。
だって、二人が話題にする本の半分どころか、ほとんど何も読んでないんだもの。自分が好きな分野だと思っているところに、こんなにも知らないことがたっぷりある。なんだかクラクラしてきた。

そんな気持ちで読んでいたら、「あ、高橋源一郎が知らないって言ってて、あたしが読んだことのある本があるじゃないのー」てなところに反応するようになり……(イスマエル・カダレの『夢宮殿』)、なんだか不健全な感じ方をしてしまった。
それでも、後半、「小説の読み方」(日本文学編)の章に入ってくると、知らない単語が比較的減るためか素直に楽しめた。

柴田元幸の
たぶん大江健三郎までは学生が「大江の思想は……」ということを考えていたかもしれないんだけど、村上春樹さんが出てきてからは「村上の思想は……」といったことは誰も言わなくなって、みんなが「私の村上ベストスリー」とかを言うようになった。
という言葉はなるほど、コンパクトに文学の転換期を表現してるな。

『小説作法ABC』は、大学で創作の授業もしているらしい島田雅彦の小説を書くためのエクササイズ。1章が1回の講義にあたる形式だ。

小説家って、いろんな訓練やら物の見方やらしていないとサビつくんだな。
この本は人に小説を書かせるというよりも、この本を読んで、こんなにエクササイズをこなして書く練習物語る訓練をしなきゃいけないなんて大変だ、と中途半端な小説家志望者をふるい落とすことに機能を発揮するような気もする。

同時期に、人気の作家・翻訳家たちの指南書が出た理由はよくわからない。
たぶんただの偶然だろう。
ともかく、平野が、この対談の高橋の発言に言及しているところもあり、高橋が島田の名前を出すこともあり、互いにリンクしてる感じもあって、私は、同時期に出た偶然を楽しめた。

しかし、書いて形にするというのは、恐ろしい作業なんだなあ、と思う。
どこかで憧れてはいるけれど、私にもいつか「作品」てなものを書くことがあるんだろうか。
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2009年05月21日

No.207 ベティの小さな秘密

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欧 州 映 画 紀 行
               No.207   09.05.21.配信
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フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 大人になったから、わかる。あのときの子どもの気持ち ★

作品はこちら
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タイトル:『ベティの小さな秘密 』

製作:フランス/2006年
原題:Je m'appelle Elisabeth 英語題:Call Me Elisabeth

監督・共同脚本:ジャン=ピエール・アメリス(Jean-Pierre Améris)
出演:アルバ=ガイア・クラゲード・ベルージ、ステファーヌ・フレス、
   ヨランド・モロー、マリア・デ・メディロス、バンジャマン・ラモン
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■STORY&COMMENT
ちょっと昔のフランスの片田舎。10歳のベティは、大好きな姉が寄宿舎に入っ
てしまい、両親は不仲でけんかが絶えず、孤独になっていた。
ある日、父が院長を務める精神病院から患者が逃げ出した。その患者・イヴォ
ンに出会ったベティは、こっそり納屋にかくまうことにする。寂しい思いをし
ていたベティ。イヴォンに淡い恋心を抱くようになって……。

ベティの身にはいろんなことが起こって、とっても大きな冒険をしたように感
じる。けれど、ここで流れている時間は、姉が寄宿舎へと発ち、「週末には帰っ
てくるから」と言って帰ってくるまでの1週間弱のこと。
そんな短い間にいろんなことがはじまって、終わって、成長する、子どものと
きならではの時間の経過だと思う。
吸い込まれそうで、何かが出てきそうで怖かった暗闇や、何となく異世界に引
き込まれそうな扉、思うようにまわりの人がかまってくれない孤独、両親のケ
ンカの声が絶望的に不安に落とし込んだこと。子どものときに味わったなつか
しくて、ちょっと痛い感覚があふれている。

子どもが主人公の子ども映画のように、(少なくともパッケージはそんな雰囲
気に)なっているけれど、子どもが観てもこの感覚はきっと伝わらないだろう。
この作品は、もう子どもじゃなくなった大人こそがわかる、子どもならではの
気持ちを、ていねいに映し出す。

こっそり隠れながらかくまってあげるイヴォンや、新しい恋人のところへ行こ
うとする母、飼いたいと頼んでいるのに、父が話を聞いてくれないから、安楽
死処分になりそうな犬、などなど。どうやって、どこにこの物語は帰着するん
だろうと、心配になりながら経過を見守っていた私だったが、最終的にはいろ
んなあれこれが、ほのめかしながらも観客の想像にゆだねてあって、その辺り
も、お子ちゃまに甘くない大人の映画だね、と気に入った。

木々が光にきらめく、晩夏の田舎の景色も美しい。そんな画面のきれいさも含
めて、大人だからこそ楽しめる子どもの映画、いい陽気が外へと誘い出すよう
な休日に、大人はむしろ家でテレビに向かって、ぜひ。

■COLUMN
「もう子どもは終わった」と新しい生活に胸をふくらませて寄宿舎へと行って
しまう姉を、ベティは寂しく見送るしかできない。姉のアニエスは、ちょうど
思春期、「もう子どもじゃない」と威張ってみせることのできる年頃で、ベティ
自身がそれを気づいているかどうかはわからないけれど、ベティをずいぶん子
ども扱いしている。
アニエスは「もう子どもじゃないもん」と強がれる年で、ベティは「もう子ど
もじゃないもん」と言えることに憧れる子どもだ。

それを象徴的に表しているのが、「ベティ」という呼び名。だれもかれも(つ
まり、両親、姉、学校の友だち、みんなが)ベティと呼ぶけれど、ベティ自身
は、「エリザベート」と名前で呼んでほしい。そして、それが一人前と認めら
れることの証でもある。
だから「ベティ」と名乗りながらも、イヴォンには「エリザベート」と呼んで
ほしいと言う。

原題の「Je m'appelle Elisabeth」は、直訳すると「私(の名前)はエリザベー
ト」という意味だけれど、セリフの文脈としては、英語題の「エリザベートと
呼んで」、が近い。
1週間弱という短い期間に、悲しいことや勇気を振り絞ることを体験するベティ。
そのしめくくりとして「エリザベートと呼んで」という彼女の気持ちを考える
と、『ベティの小さな秘密』なんて脳天気な邦題をつけられてしまったことが
なんだか気の毒になってしまった。

「私はエリザベート」じゃあ、どこかの王女か皇后みたいで重い感じがしてし
まう、日本で公開するなら、『ベティの小さな秘密』で間違いないとは思う。
(タイトルは大事なキャッチコピーだから)

でも、この作品に関しては、タイトルにするほどにベティ=エリザベートにとっ
て大切な呼び名の意味がすぽっと抜け落ちかねないから、うーん、もったいな、
と思う。「翻訳する」って難しいなあ。

■INFORMATION
★DVD
ベティの小さな秘密 [DVD]
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★コメントくださった方にお返事
kaede さま
メルマガご登録以来、実際に紹介作品を観てくださってありがとうございます。
宅配レンタル、私は未体験ですが、全国どこでも同じ在庫で、メジャー作品も
マイナー作品もあって便利そうですね。
今回の作品は、ご興味と少し違うかもしれませんが、いろいろな作品を取り上
げていきますので、また、おつき合い、どうぞよろしくお願いします!

※上記のクリックからのコメントへのお返事は、基本的に、次回配信号誌面で
こうした形でいたします。
返事をメールで欲しい方は、メールアドレスと返事はメールで、の一言を。

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2009年05月14日

No.206 ぼくの大切なともだち

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欧 州 映 画 紀 行
              No.206   09.05.14配信
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★ 面倒で、悲しくて、苦しくて。でも人と関わるのはやめられない ★

作品はこちら
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タイトル:『ぼくの大切なともだち』
製作:フランス/2006年
原題:Mon meilleur ami 英語題:My Best Friend

監督・共同脚本:パトリス・ルコント(Patrice Leconte)
出演:ダニエル・オートゥイユ、ダニー・ブーン、ジュリー・ガイエ
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■STORY&COMMENT
舞台はパリ。美術商のフランソワは、顧客の葬式で参列者が少なかったと嘲笑っ
て話していたら、仲間に「君のときはもっと少ない。友だちがいないのだから
きっとゼロだ」と言われた。
その指摘に憤慨したフランソワは、10日以内に“親友”を連れてくると、賭け
をすることに。
“友だち”だと思う人を訪問してみるが、“友だち”の何たるかをわかってい
ないフランソワは的外れなことばかり。カフェで、いきなり、「皆の勘定を持
とう」と叫べば、誰かが友だちになるに違いない、なんて思うありさまだ。
誰にでも気さくに話しかけるタクシー運転手ブリュノに、「友だちのつくり方」
をレクチャーしてもらうことにする。

ビジネスの仲間が口をそろえて「友だちがいない」と評するフランソワは、自
己中心的で、他人に対する思いやりがすっかり欠如している。
そういうイヤな男が主人公なのだが、この男を「必死に親友をつくろうともが
く」という設定に押し込めると、友だちがつくれないのは「かわいげのある幼
児性」、もがく姿は「コミカル」になって、不快感はまったくない。

「友だちのつくり方」を教えているブリュノは、フランソワを「友だち」とし
て心配したり、世話を焼いたり思いやったりしはじめるのだが、フランソワの
方はさっぱりそのことに気づかない。
「恋のように」というと語弊があるかもしれないが、一対一の人間関係には、
どうしたって「恋のように」相手の反応に敏感になったり、他方の無関心に失
望したり、報われない思いをもてあましたり、そんなことが起こる。

賭けだから必死に“友だち”をつくっている、いつまでも気づかないフランソ
ワと、ふつうに誠実に接するブリュノ、二人に本当に友情は生まれるのか、は
観てのお楽しみ。
ラストまで観ると、ちょっと悲しくて、ちょっと温まって、人間関係って面倒
でやっぱり面倒で、でも結局、そこがいいんだよね、と、うすうす気づきなが
らも面と向かっては言葉にできない“真理”を、誰かに伝えたくなる。

■COLUMN
“友だち”って何、というような話になったとき、ブリュノは「何か悩みがあ
るとき、午前3時に電話をできる相手は?」とフランソワに尋ねる。もちろん
そんな相手はいないフランソワだが、「悩みはない」と切って捨てる。ブリュ
ノは、「ああ、じゃあそんな相手がないことが悩みだ」とちゃかし半分に話を
しめくくる。
話が進むにつれてわかってくるのは、ブリュノにだってそんな相手はいないっ
てことだ。

“友だち”の何たるかは人並みにわかっているし、フランソワのような態度が
友だちをつくらないことも知っているブリュノだが、友だちがそんなにいない
ことではフランソワと同じ。フランソワと違うのは、そんな自分をはじめから
わかっていることで、その分、ブリュノはフランソワよりもずっと孤独を感じ
ている。

そんなブリュノは、多くの観客にとって自分を投影できるキャラクターだろう。
「午前3時の電話」という具体例にこだわるわけではないが、実際、それに恩
に着ず恩に着せずできる関係(恋人相手ではなく)を持てる人は少ないはずだ。
若い頃にはそれができても、互いに仕事を持ち、家庭を持ち、するうちに、そ
んなことはできなくなっていく。

仕事関係での“知り合い”じゃなく、学生時代の“知り合い”じゃなく、
“友だち”、そして“親友”と言える人がいるのか。
温かいヒューマンコメディの裏では、厳しい問いを自分につきつけることにも
なる。性別で分けたくはないけれど、特に働き盛りの男性にとっては、痛い問
いにもなるんじゃないかな。

上から評するような態度じゃあ「ずるい」かもしれないから、じゃあ、私はど
うなのかってことを一言。
もともと知り合いの人数も少ない上に、マメさがなくて、筋金入りの出不精で
つき合いの悪い私は、友だちはとっても少ない。葬儀に出席したとき、「私が
死んでも、こんなに人も弔電も集まらないよ」とかなり真剣に焦ったこともあ
る。午前3時には、電話もメールも、誰にもきっとできない。常識的な時間で
も、突然用事もなく、電話やメールしたら、マズいんじゃないかと、悩むに違
いない。

だから、フランソワの言動を微笑ましく思う私に、「それを笑ってられるのか
い」と内なる声が聞こえて痛かったのは事実だ。
けれど、別の方角からの内なる声は「きっと、何言ってるの、私がいるでしょ、
俺がいるだろ、といっしょに笑ってくれる輩、数人がいるじゃないか」と言う。
ああ、私の勘違いじゃなければいいのだけれど。

■INFORMATION
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2009年05月11日

マリオンとギョームて言ったら

フランス映画を特集していたフィガロ ジャポン 2009年 5/5号 を読んで、
マリオン・コティヤールとギョーム・カネがつき合っているんだと知った。

へーーー。

有名人の私生活には、あんまり興味のない私だけど、
(そういえば、知り合いの恋愛話も、よほど親しい人じゃないと興味ないかも)
思わず反応したのは、1本の映画のせい。
このご両人と言って私が真っ先に思い浮かべるのは
『世界でいちばん不運で幸せな私』だ。
幼なじみの恋が、悪趣味なゲームでしかつながれないカップルとなった、
毒気たっぷりの(私に言わせれば)純愛物語。

「あの二人というとこんな恋?」てな想像は、
もちろん違うとはわかっているけれど、
なんだか、この映画の恋を思い浮かべて、にんまりしてしまう。
それだけ、『世界でいちばん不運で幸せな私』の演技が自然だったてことかなあ。そうかあ?

posted by chiyo at 15:07| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | その他映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする