2021年08月09日

No.274 パリのどこかで、あなたと

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欧 州 映 画 紀 行
                No.274   21.8.9配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 描かれなかった物語に思いを ★

作品はこちら
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タイトル:『パリのどこかで、あなたと』
製作:フランス/2019年
原題:DEUX MOI 英語題:Someone, Somewhere

監督・共同脚本:セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)
出演:フランソワ・シヴィル、アナ・ジラルド、カミーユ・コッタン、フランソワ・ベルレアン、シモン・アブカリアン
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■STORY&COMMENT
がんの免疫治療を研究する女性メラニー、ネット通販の物流倉庫で働く男性レミー。二人とも30歳くらい。隣同士の建物に住み、ちょうどベランダは隣り合っていて、近所や地下鉄で何度もすれ違っているが、お互いまったく認識していない。
メラニーは前の恋人と別れてから、いくら寝ても眠くてしかたがなく、仕事に支障をきたしている。レミーは「労働環境改善」のもとにロボットが導入されて同僚が解雇され、自分だけ昇進することへの罪悪感を抱えて不眠症に。地下鉄で急に倒れてしまう。
二人はそれぞれ心理セラピストのもとに通い始める。

地下鉄で隣同士に座っていたり、一方は眠気を抑える薬、一方は眠れる薬を求めて薬局のカウンターで隣同士で相談していたり、何本もの鉄道が見えるベランダから毎日同じ景色を眺めていたり、そんな二人を観客は「神の視点」で眺める。
そして、孤独の中でもがいたり諦めたりしながら、偶然にも同時期にセラピーを受けるようになった二人を、「友達になったらきっとわかり合えるだろう」「出会えたらきっといい関係になるんじゃないの?」「早く出会って!」「気づいて!」と、おせっかいな応援を始めることになる。
セラピーを続けるうちに明かされていく過去や事情や思いを知るにつけ「ああ、絶対出会うべきなのに」と観客はやきもきし、当事者二人はちっとも気づかない。

すでに恋人同士だったり、恋人になりそうなところまでいったけれど、離ればなれになってしまって、その後いろんな偶然やら誰かの意地悪やらですれ違いを重ねる物語は定番ではあるが、はなっから知り合ってもいない二人にやきもきする物語は、たぶんあまりない(私が知らないだけかも)。

何もことが起こっていないのだから、「やきもき」といっても、心拍数が上がったり下がったり、手に汗を握ったり、そんな振れの大きいものではない。
静かに、二人それぞれの人生での葛藤を見つめ、「ここで出会えたらどんな会話になるかな」「ここでお互いに挨拶したら?」無数の可能性を巡らせながら、また先を観る。

ひとつのストーリーを映し出すひとつの映画にも、そこに映し出されなかった物語が無限にある。ストーリーが終わった後にも、その続きが無数に連なる。当たり前といえば当たり前だが、改めてそんな思いを強くする。決してひとつきりではない、描かれなかった物語を思い起こさずにいられない作品だ。


■COLUMN
トンネルをくぐり、時には地上に出て、何本もの路線が交差する地下鉄。無言の乗客が大勢乗る車内。せわしなく人が行き交う駅。
大都会の慌ただしい乗り物から、主人公の二人はそれぞれのアパルトマンへ帰っていく。ベランダからは、郊外列車や国際列車が走るのが見える。そのベランダからカメラが遠ざかっていくと、建物の背後、小高い丘にはサクレ・クール寺院がずっしりと控えている。

冒頭の映像の数分で描かれるパリの景色だ。ルーブル美術館やオルセー美術館、ノートルダム寺院のあるセーヌ河畔のような観光と文化の共存する華やかさではなく、凱旋門やシャンゼリゼ通りのように豪奢な広がりではなく、サクレ・クールという観光名所がありつつ、だいぶん庶民的でだいぶんがやがやとしたあたり。庶民的な下町とはいえ、たくさんの隣人に囲まれながら、お互いに知ることはなくひしめき合って人が暮らしている。

クラピッシュ監督自身、『猫は行方不明』『PARIS-パリ-』に続く「パリについての3作目」と話している(https://fansvoice.jp/2020/12/10/someone-somewhere-interview/)。
2人の日常を眺めていると、本当にその街、そのあたりの空気を一緒に触れたかのような気になる。観光で訪れるようなパリとはちょっと違う、日常のパリに入りこんだかのようだ。

それは、風景をうまく映し出しているからだけでなく、スマホを使った手軽な出会いなど、仕事に人生に悩みながら生きる若い人たちの暮らしを丁寧に描いて見せる、ドキュメンタリー性も大きな要因だろう。

二人ともいきつけにしているアラブ食料品店(コンビニ的に夜遅くまでいろいろなものを売っている店)は、こだわりのある店主が、お客に合わせてどれを選んだらいいかアドバイスをしてくれて、近所にあったら面白そうだと思う。うまいこと高い物も買わされてしまいそうだけれど。(魚沼産の米を勧めたりしているから、相当マニアック?)
この店がどこまでリアリティがあるかは別として、人情味のある個人店と、レミーが働く無機質な物流センターと、その差が象徴的だ。二人の好みが合うことを示す符号でもある。

『猫は行方不明』との関連を思い起こさせる、二人をつないでくれそうな行方不明の猫が登場し、同作以来クラピッシュの常連となったマダム・ルネも、ちらりと登場している。マダム・ルネは、撮影後の2019年6月に100歳で亡くなった。クラピッシュ作品に彼女が映ることがもうないと思うととても寂しい。


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posted by chiyo at 18:08| 東京 ☀| Comment(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする