2011年05月12日

No.242 セラフィーヌの庭

================================================

欧 州 映 画 紀 行
               No.242   11.05.12配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ やりきれなさをどこへ ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『セラフィーヌの庭』
製作:フランス、ベルギー、ドイツ/2008年
原題:Séraphine 

監督・共同脚本:マルタン・プロヴォスト(Martin Provost)
出演:ヨランド・モロー セラフィーヌ、ウルリッヒ・トゥクール、
   アンヌ・ベネント
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
1912年、パリ郊外サンリス。家政婦のセラフィーヌは、辛い仕事を終えると、
草原で木や花に話しかけて悲しみをいやし、アパートに籠もって黙々と絵を描
いていた。そんなある日、彼女の働く家にドイツ人画商ヴィルヘルム・ウーデ
が間借りする。偶然、セラフィーヌの絵を見て、彼女の才能を直感したウーデ
は、セラフィーヌに製作活動の援助を申し出る。絵の道に入るかと思えたセラ
フィーヌだが、1914年、第一次世界大戦がはじまり、ウーデは止むなくフラン
スを離れることになり、彼女の絵を世に出す夢も途絶えてしまう。

セラフィーヌは実在する素朴派の作家とのこと。何の予備知識もなしに観たわ
たしは、フィクションかと思っていたのだけれど、彼女を見出すウーデがアン
リ・ルソーを応援する画商だという描写のあたりで、ああ、実在の人の話なん
だ、と気づいた。
ちょっと話がはしょっている(最終的にずいぶんカットしたんじゃないかな)
ところもあるけれど、戦争や恐慌で、ちょっとずつボタンを掛け違っていく割
りきれなさや悲しさが、じわじわ伝わってくるいい物語だと思う。

セラフィーヌは貧しくて、人からさげすまれる中年の下働きの家政婦。辛いと
植物に話しかけている。貧しく画材も買えないから、植物や生活のなかで使う
ものから自分で工夫して画材を作る。頭は弱そうだけれど絵を描くときには鬼
気迫るものもある。修道院で働いていたこともあって聖歌を歌うのが好き。絵
を描くことは天使から啓示を受けたという。
このキャラクター設定がどこまで実物と同じなのかはわからない。純粋で不遇
な根っからの芸術家という役柄は、セラフィーヌを演じたヨランド・モローの
はまり役だと思う。他の人ではまったく違う映画になっていただろうし、彼女
に断られていたらどうするつもりだったんだろう、と思う。

たださげすまれていた彼女の人生が、ウーデによって才能を認められ絵画とと
もに彩られるのは、観ていてうれしい。けれど結果としてそれによって彼女の
人生が危うくなっていくのは辛い。いったい何が幸せなのか、そんなことをた
め息混じりに考えてしまう作品だ。


■COLUMN
「やりきれない」という言葉をしばしば聞く。ためしに辞書で調べると、「が
まんできない、耐えられない」と書いてある。
実際に使われている時には、たぶん、語感が似ている「やるかたない」や「や
るせない」(心のわだかまりを晴らす方法がない)と混じって、がまんできな
くてすごく怒っている、悲しんでいるというより、どこに怒りや悲しみをぶつ
けてよいのかわからず、諦念混じりに感情の行き先を滞らせて耐えていなけれ
ばならないイメージで使われているように思う。

この映画はこの「やりきれない」という言葉がぴったりだと思う。その要因は
2つある。

1つは、最初にセラフィーヌがウーデと出会ったときには、第1次世界大戦の影
響を受け、その次に交流できたときには、世界恐慌の影響を受ける、という誰
のせいでもないことに人生を翻弄されたこと。戦争にしろ恐慌にしろ人の所業
だから誰かのせいなのだけれど、うねりとして大きすぎ、小さな個人にはどう
にもできないことだ。

もう1つは、セラフィーヌの気性だ。純粋で思いこみが強くて、家政婦や下働
きばかりで虐げられてきたせいもあって社会経験が足りず、状況を正確に把握
することができない。恐慌の影響にしろ、絵が認められて浮かれるときにしろ、
常識的な判断がセラフィーヌにできたならば、その後の悲劇は回避できただろ
う。
しかし、他の人ではまねできない彼女独特の世界は、彼女の純粋さや世間一般
の常識に縛られないが故のものともいえる。冷静で常識的な判断ができるくら
いなら、世間を驚かせた彼女の作品はそもそも生まれなかったのかもしれない。
誰が悪いわけでもないものがここにもある。

どうしたらよかったのか。
ウーデとその妹など、彼女を助けた人たちの手のさしのべ方が間違っていたの
か。もっと誰かが彼女につきっきりでいたなら、何か状況は変えられたのか。
仮にそうだとしても(そうとは思えないけれど)世の中の流れは変えられない。

観終わると、やりきれない「?」がいくつも浮かぶ。

彼女の絵の才能がまだ知られていない頃、ウーデが部屋で頭を抱えているのを
見たセラフィーヌは、「悲しいときは森で植物に話しかけるといいですよ」と
アドバイスする。
どうにもやりきれない気持ちになったところには、しばしば画面に見られる草
木の景色がやさしい。どこに持っていったらよいのかわからない怒りや悲しみ
を、植物たちなら確かにすーっと吸い取ってくれるかもしれないと思える。自
然の描写が希望を残す、映像も美しい作品だ。

---------------
★DVD
『セラフィーヌの庭』DVD
¥3,264
http://amzn.to/lX14pk

価格は2011年5月12日現在のアマゾンでの価格です。
短いURLにしていますが、アマゾンの商品ページにつながります。
アフィリエイトリンクです。

★本日のメルマガ、気に入ったらクリックを! コメントもぜひ。
http://clap.mag2.com/caemaeboup?B242

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。


編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://mille-feuilles.hp.infoseek.co.jp/cinema/about.html
日々のつぶやき・twitter: http://twitter.com/chiyo_a

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2011 Chiyo ANDO

---------------


ラベル:フランス
posted by chiyo at 22:33| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック