2006年11月16日

No.112 美しき運命の傷痕

=====================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.112
=====================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 運命の重みから、すっと浮遊する心地よさ ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『美しき運命の傷痕』
製作:フランス・イタリア・ベルギー・日本/2005年
原題:L'enfer 英語題:Hell

監督・脚色:ダニス・タノヴィッチ(Danis Tanovic)
原案:クシシュトフ・キェシロフスキ、クシシュトフ・ピェシェヴィチ
出演:エマニュエル・ベアール、カリン・ヴィアール、マリー・ジラン、
   キャロル・ブーケ、ジャック・ペラン、ギョーム・カネ
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
過去の不幸なできごとによってバラバラになってしまったらしい三姉妹とその
母。長女のソフィは夫の浮気に苦しみ、次女のセリーヌは男っ気なく孤独に過
ごしている。三女のアンヌは在籍する大学の教授と不倫の恋をし、相手にうと
ましがられて、ほとんどストーカーと化している。
老人施設にいる母の面倒はセリーヌが一人で背負い、三姉妹の互いの行き来は
ない。そんな折、セリーヌにつきまとう謎の男が現れる。

この家族にどんな不幸が起こったのか、なかなか明かされない。その出来事に
ついて、姉妹が語ることはなく、話すことができない母のすごみのある目と、
時折挿入される過去の映像から、ただならぬことが起きたのだろうと、想像す
るしかない。

彼女らの不幸がどんなものか明かされぬまま、そして三姉妹のそれぞれの物語
が交錯せぬまま、映画は進む。いったいどうまとめるんだろうかと、はらはら
するほど。先の読めない展開はミステリーのように観る者を引きつける。

引きつけられるのは、先が読めないからだけではない。展開の作り方に独特の
うまさがあって、たとえ結末を知っていても物語の展開を体験したいと思わさ
れる。私は映画館で最初に観て、今回の原稿のため再度DVDで観たが、結末をわ
かっているからこそ理解できる展開の面白さを感じたいと、観る前から楽しみ
だった。
全体的に重い物語ながら、最後には するするっ と浮遊するような開放感があ
る。味わう余韻も、もう一度観ることを楽しみにさせる要因である。

セリーヌが母に読んで聞かせる『ギネス・ブック』や、列車の車掌の淡い恋な
ど、くすりと笑えるユーモアも随所に。サービス精神たっぷりの作品だと思う。

■COLUMN
『トリコロール』三部作、『ふたりのベロニカ』などで有名なキェシロフスキ
監督の遺稿を、『ノー・マンズ・ランド』で世界にその名を広めたダニス・タ
ノヴィッチが作品化したこの作品。
「運命と偶然」というキェシロフスキが好むテーマを、タノヴィッチは興味深
く盛り込んでいる。アンヌの不倫相手が、このテーマで講義するところもそう
だし、冒頭、刑務所から一人の男が出てくるシーンは特に象徴的だ。

オープニングの映像にかぶさるのは、カッコウに卵を産みつけることを許して
しまった鳥の巣だ。やがて孵ったカッコウのヒナが、この世ではじめにするの
は、本来のその巣の住人である他の卵を一生懸命落とすことだ。
(おそらくこれは、出演者でもあるジャック・ペランが製作総指揮をしたドキュ
メンタリー『WATARIDORI』から借りている映像だと思う。)
背中に卵を乗せてよろよろと卵を運び、下に落とす。しかし、最後の一つを落
とそうとしたところでカッコウはよろけ、卵を巣に残し自分が下に落ちてしま
う。
そこに現れたのが、ちょうど向かいの刑務所から出所してきた男(実は三姉妹
の父)。男は地面に落ちてキーキー鳴いているヒナに気づき、そばの巣に戻し
てやる。ほんの小さな偶然のいたずらで、カッコウの運命と、残った卵の運命
は逆転してしまう。巣に戻ったカッコウは、本能に従って再び卵を落とす作業
に精を出す。

なんとか自分が計画した通り物事を運びたいと人は思い、自分の行く末を己が
手の内に収めようとしたがる。しかし、世の中は案外、こんな小さな偶然に左
右されていて、そしてそれに「運命の出会い」だとか「必然として起こった」
とか、いろいろ説明をつけたがるのも人の性だ。
起こったことをどう捉えるか、それも人生において「起こること」のひとつで
ある。つけた説明はいつも素早く「事実」になりかわり、素知らぬ顔で歴史と
なり、説明が先にあったのか、後から某かを捉え直したのか、事実は歴然と事
実なのか、たやすく区別がつかなくなる。

映画というのはときに、この説明のつける様子を、実人生よりも少し区別がつ
きやすく見せてくれるものじゃないかと、この作品から思った。


---------------

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2006 Chiyo ANDO

---------------
ラベル:フランス
posted by chiyo at 23:36| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック