2013年08月23日

No.258 ブラック・ブレッド

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欧 州 映 画 紀 行
             No.258   13.8.23配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ きゅうきゅうとした生活に苛立つ人に ★

作品はこちら
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タイトル:『ブラック・ブレッド』
製作:スペイン・フランス/2010年
原題:Pa negre 英語題:Black Bread

監督・脚色:アグスティー・ビジャロンガ(Agustí Villaronga)
出演:フランセスク・クルメ、ノラ・ナバス、ルジェ・カザマジョ、
   マリナ・コマス、セルジ・ロペス
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■STORY&COMMENT
1940年代、内戦直後のスペイン・カタルーニャ。少年クレットとその父が荷馬車の事故で死に、クレットの友だちのアンドレウは、クレットが息絶えるのを目撃する。
警察の捜査では殺人事件とされ、左翼運動に関わっていて、以前から目をつけられていたアンドレウの父ファリオルが容疑者となる。
追及を逃れるため父は身を隠し、母は工場で働いて生活費を稼がねばならず、アンドレウは祖母の家に預けられることとなる。
貧しくも、大好きな父と母と、ささやかに夢を見ながら暮らしていたアンドレウだが、大人の事情や目論見に巻き込まれて……

WOWOWで放送されていたものを観たのだが、「スペイン内戦かー、かなり重い社会派ドラマなのかなー」と怖ごわ観てみた。

冒頭から、目をつぶりたくなるような殺人シーンがいきなり始まるけれど、クレットが息絶える前に、アンドレウに「ピトルリウア……」と謎の言葉を残して、さっそくミステリーに引き込まれるから、「これはテンポのいいサスペンスかな」と思って身を乗り出す私。
やがて、祖母の家に預けられ、葉っぱの間から陽の光がこぼれるような森の中、いとこたちと学校に通うアンドレウの姿は、親が窮状にありながらも、少年の夏休み映画のような雰囲気さえ醸し出す。いとこの一人、大人びた少女・ヌリアがアンドレウを気に入った様子には、少年と少女の出会いの夏休みみたいな印象もあった。

が、田舎の村が抱える秘密、大人たちが隠してきた事情、ヌリアの生きる術、そんなものが少しずつ少しずつ明らかになるにつれ、「かなり重い社会派ドラマ」よりさらに思いもしない方向に、重く重く、湿っぽく社会や人間の矛盾、業、辛さをつきつけられることとなった。

というわけで、前置きのような話ばかりが長くなってしまったが、わかりやすくて爽快な物語を欲している時、ドキドキハラハラを楽しみたい時におすすめできる作品ではない。
観終わったらずぶんと沈める時間と心のよゆうがあるときにどうぞ。

「スペイン内戦」ときけばその土地のその時代の特殊な物語と思ってしまう。もちろんそういう部分はたくさんあるし、時代状況への知識や感覚が十分でないために、いまひとつ理解ができていないのだろうなと残念に思うところも多い。
だが、この作品で胸に迫ってくるのは、どこの時代でもどんな境遇でも多かれ少なかれ共有できる大人のもがく姿だ。

社会をよりよくしようと理想を胸に抱き、同時に、医者になりたがる息子(アンドレウ)に将来を手に入れさせようと、貧困から何とか這い上がろうとする父の生き方は、貧乏なアカのバカなやり口と笑うこともできよう。しかし、何かしらやりたいことを持ちながら、何かしら理想とする生き方を持ちながら、生活するためにはその通りには動けぬきゅうきゅうとした気持ちを抱いた人なら、誰もが思い当たる葛藤の生き方だ。

きゅうきゅうとした思いを持ちながら日々を暮らす人には、その源は何か、理想とは何だったのか、思いを馳せるきっかけとなる作品だろう。

■COLUMN
原題の「Pa negre」は、黒パン、ブラック・ブレッドを意味するカタルーニャ語だそうだ。この作品は、内戦後、スペイン国内で長く弾圧されたカタルーニャ語でつくられた映画だ。さらに、国内の映画賞をとり、カタルーニャ語作品としてはじめて、アカデミー賞外国語部門スペイン代表に選ばれた作品だという。

スペイン語とカタルーニャ語の違いがわからないために、きっと作品の大事なポイントをたくさん見逃してしまっているだろうことも気になるところ。
カタルーニャ語の名前が多いせいか、キャストのカタカナ表記も、調べるところによって違っていて、何がより実際の音に近いのか、よくわからないので、このメルマガでは作品の日本語公式サイトの表記に合わせた。
カタルーニャ語であることが大切な作品ならば、そうした表記にはできる限り気に掛けたいと思う。が、普通の(といっていいのかさえわからないが)スペイン語の知識もないから、できる限りのことはほとんどないのだけれど。

というのは、横道にそれた話だが、その公式サイトの情報によれば、当時のスペインでは、パンの色が階級別に分かれていて、都市部か田舎かでも違っていたそうだ。大麦、トウモロコシ、キビ、ドングリなど、小麦以外に混ぜモノをした黒色のパンは、貧者の食べ物であり、精製された小麦粉を作った白パンは地主など富裕層しか食べられなかった。
本作のなかにも、アンドレウがおやつを食べさせてもらうのに、白パンを食べようとして怒られる場面がある。

黒パン=貧しい、田舎
白パン=お金持ち、都会
という図式は、子どもの頃に『アルプスの少女ハイジ』で覚えたように思う。都会からハイジがおばあさんのために白パンをお土産にするのだけれど硬くなってしまっていて、なんてエピソードはなかっただろうか。

そんな風に、パンの色を決められる人生は悔しい。
食べ物で目に見えぬ階級が露わになることは、「ルール化」されていないだけで現代にだってある。
興味深いのは、最近はむしろ、お金があって健康に気を遣う人は、そんなのっぺりと精製されたものを避けて、雑穀の入った田舎パンを好んで食べることだ。きっと技術の進歩によって、昔の黒パンと今の黒パンでは、食べやすさもおいしさもまったく違うのだろう。玄米や雑穀米を好んで食すことも同じだ。

昔のように、白は誰、黒は誰、と決められるのではなく、現代では、選択肢について、持つ者と持たざる者がいる。好みや気分や健康への気遣いに応じて、白でも黒でもおいしさや健康面で選択肢を持っている人と、経済的に、あるいは健康面やグルメ面での知識に乏しい選択肢を持たない人だ。

黒パンを食す層と白パンを食す層との間に対話を持つことは、以前は難しかった。アンドレウのように、黒パンの世界から白パンの世界へ向かう選択肢が目の前にやってくる人はほとんどいなかった。
その断絶は、今も変わらないのではないかと思う。
いろいろな色やタイプのパン・ご飯を好きに選べる世界と、画一的なひとつの穀物加工製品のイメージしかない世界と。

生きる世界ってなんだろう。そんなことも考える作品だった。

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