2012年03月05日

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(ただし本の方)

映画が話題になっている『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
小説の方を読んだ。

風のウワサで(映画の方のウワサだと思う)、
<「9.11」で父を亡くした息子の感動秘話>
と聞いていたので、
一般的に感動秘話にはあまり関心がなく、
特に「9.11」のニューヨーク市民の感動秘話には(例外はたくさんあるだろうけれど)興味を持てず、
父と息子的なものは、さっぱりピンとこない私に、向いた物語ではないのだろうと思っていた。

でも、映画云々の前に、原作の小説はとても評判がよいらしいことを
これもなんとなく風のウワサで聞いたので読んでみたわけだ。

一言。食わず嫌いしなくてよかった。

いわゆる「父と息子」譚ではなくって、
「父と息子」を含んだ
三代にわたる一族の物語。
ドイツからの移民であるおばあちゃんの話、
そしてその息子であり、テロで死んでしまうパパ、
ユーモラスな生意気さで語りながら、
主人公は大好きなパパを突然亡くしてしまった悲しみを抱えきれずに抱える。

第二次世界大戦、テロ、たくさんの書きつけられた手紙、紙に書かれた文字、
理不尽に燃える炎とその炎をますます大きくする紙、
それぞれが抱えきれずに抱える悲しみ。
共通のイメージが三代を貫いて、読み進むにつれてあっちの物語と、
こっちの物語が円環を作っていく様子が気持ちがいい。

あっちの物語とこっちの物語が一族のタペストリーのように織り込まれていくうちに、
抱えきれずにいた悲しみを少しずつ消化していく少年の成長も、
読む労力に足るというのも変な言い方だけれど、「読みがい」があるというか、
生意気な主人公のようにいえば読むレゾンデートルがあるというか。なんじゃそりゃ。

写真をはさみこんだり、行間がどんどん狭くなって字が重なっていく手帳を
そのまま活字で表したり、そういうビジュアルのしかけも、うまくはまってる。

そういう視覚的な見せ方も、視点や時間空間を移しての群像劇的な要素も、
確かに必ず誰かが映画にしたくなる物語だと思う。

願わくば、もうちょっと長いといいな。
この倍くらいの量があっていもいい。
500ページくらいあったと思うけれど、それでも途中でずいぶんはしょった感じがする。
その分、エピソードを直接書くんじゃなくて、誰かに報告する、告白する、という形で見せるという
ヴァリエーションが増えて厚みがあるという点はあるけれども。

おじいちゃんの40年にはもっと肉付けがあってもいいし、
おばあちゃんのお姉さんやお父さんのことも、もっと知りたいかなあ。
ママの話ももうちょっと聞きたい。
いや、それじゃあバランスが悪くなるか。うーん。

いい時間を過ごさせてもらった小説。読もうか迷ってる人がいたらおすすめ。


posted by chiyo at 23:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

インプットとアウトプット

毎度おなじみ
ご無沙汰しております。

2012年、ぽんぽんと2号続けてメルマガの発行できたので、
お、こりゃあ今年はひょっとしていいペースで書けるかしらんと思っていたら、
またすっかり時間が経ってしまいました。

確か、前回のメルマガ、『しあわせの雨傘』を書いていたときだと思います。
なかなかうまいこと考えにまとまりがつかないし、
言葉が出てこなくて、原稿がちっとも進まなかったのです。
埒があかないから、ぷいっと原稿は放っておいて、しばらく寝かせておくことにしました。

で、ぜーんぜん関係ない本を読んでたら、急に、件の映画について言いたいこと、
こんなことを書いたらいいんじゃないか、ってなことが頭の中にあふれてきたんです。

「書けない書けない」と無理にひねり出そうとしても書けないもので、
何かべつのものを自分のなかに入れたら、いろんな思いが出てきたわけです。
思えばその前も、仕事で原稿を量産していて、何かをインプットするひまがなく、
ただただ時間に追われるままにひたすらひねり出してアウトプットを続けていたわけで、
そういうことをずっと続けていると、言葉もアイディアもすっかり出てこなくなるんでしょう。

ひねり出しても出てこないときには、なんでもいいから入れてみる。
できれば、ひねり出そうとするものにまるで関係なくても自分の好きなもの。
そんなことを思ったのでした。

なんて「創作のヒ・ミ・ツ」めいたことを言ってるわりには、
『しあわせの雨傘』は、結局あんまりうまく書けなかったなあとぐじぐじしてるのですが。


さてさて、
次にとりあげる予定の映画。
観たのはずいぶん前なので、果たしてちゃんと思いだして書けるかどうか、
自信がないのですが、
『君を想って海をゆく』
『ソフィアの夜明け』
この2作を準備中です。

『君を想って海をゆく』
恋人のいるイギリスまで英仏海峡を泳いで渡ろうというお話だから、
うーん、確かに君を想って海をゆく(犬じゃないですよ)けど、
そういう話だと思って観ると、もっともっと複雑で社会問題の絡むお話だし、うーん。
てな作品。

『ソフィアの夜明け』
ブルガリア映画ははじめてじゃないかしら。
都会に暮らす若者の閉塞感が画面からあふれる雰囲気は、
どこかでしばしば見かけたな、というのは否めないのだけれど、
観た後も、じんわりくる作品でした。

2作品とも、現代的なテーマである「国と国の交わり」が絡んでます。

いつ頃と告知はできませんが、
近いうちに、配信する予定です。



posted by chiyo at 20:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

No.246 しあわせの雨傘

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欧 州 映 画 紀 行
              No.246   12.01.19配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ きっと現実にはならないんであろう「リアリティ」 ★

作品はこちら
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タイトル:『しあわせの雨傘』
製作:フランス/2010年
原題:Potiche 

監督・脚色:フランソワ・オゾン(François Ozon)
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、
   ファブリス・ルキーニ、カリン・ヴィアール、
   ジュディット・ゴドレーシュ、ジェレミー・レニエ
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■STORY&COMMENT
1977年、フランス、地方のとある町。スザンヌは、雨傘メーカーを経営する夫
のロベールと暮らすブルジョワ主婦。優雅な毎日だが亭主関白な夫におとなし
く従うだけの日々には納得できていないところもあった。そんなある日、工場
でストライキが起こり、ロベールと労働者側の対立がエスカレートし、ロベー
ルは心臓発作で倒れてしまう。急遽代理で経営者となったスザンヌは意外にも
労働者たちのハートを掴み、業績を大幅に改善させることに成功する。そんな
矢先に、ロベールが退院して……

とーっても小気味よいコメディだった。

赤い「これこそジャージ」みたいなジャージでジョギングして、出会った森の
動物たちをネタに詩を書くのが趣味だったスザンヌが、夫の病気をきっかけに
どんどんと会社を動かしていくのかと思えば、そう簡単にはコトは進まず。あっ
ちに傾きこっちに傾きのストーリー展開も楽しく、「保守的」に見えた人が実
はさにあらず、「進歩派・革新派」に見えた人がこちらはこちらでさにあらず、
そんな皮肉めいたキャラクターの現れ方も面白い。

これは人にもよるかもしれないが、ロベールにしろ、息子と娘にしろ、左翼の
市長パパンにしろ、誰一人憎まれるような悪人でも、かわいそうにと同情され
るような人にもならないところもいい。ぐじぐじしなくてすっきり笑える。
スザンヌの世間知らずらしい天真爛漫さも、嫌みがない。
そして「いやいやそんなことないだろう」と眺めながらも、あれ、ひょっとし
たらこんなことも現実に起こるかな、と一抹の思いがかすめるような、「ほど
よく」大げさな展開が、私は好みだ。

原題の「Potiche」は実用性のない飾り用の花瓶や壺のことで、転じて「お飾り
の妻」の意味なのだそうだ。そんなアイデンティティがなく、娘からも「ママ
みたいになりたくない」なんて言われていたスザンヌが自分自身の力で生き生
きとできる居場所を作っていく。これを小気味よく感じるのは私が女性だから
なのかもしれない。男性陣は皆どこか情けなさを醸し出すのは、オゾンの好み
なのか。
「男女の違い」をことさら言うのは、ほんとは私の信条ではないのだけれど、
この映画に関していえば、男性が見ても引っかかりなく楽しめるのかな、てと
ころが興味ある。よかったら、男性の感想を聞かせてください(もちろん女性
からの感想もね)。


■COLUMN
ありそうでなさそう、いやないだろうけど、あるかもしれない、いやいや……、
そんな絶妙なリアリティをもつ物語が私は好みだ。上に書いた「ほどよく」大
げさ、というのも、そのひとつ。いやそんなことにはならないだろう、と思う
けれど、ああ、そうなったら面白いよね、いいよね、という心地よい大げさ。

と、書いて考えたのだけれど、よく人は、自分にとって面白いか面白くないか
を「リアリティ」という言葉を使って表すように思う。軽々しく「人」と一般
化したらいけないかもしれないが、少なくとも私はそういうことがある。
ここでいう「リアリティ」というのは現実になるかどうかの可能性ではなく、
ドラマとして、「作り事のお話として」どれだけそれを本気で信じられるか、
というような意味だ。
現実っぽいかどうか、ではなく、それをいかに信じられるか、つまり、ストー
リーの展開にどれだけ引き込まれるかどうか、というような意味。だったら最
初からそういえばいいのだろうけれど、それを「リアリティ」という言葉に託
したくなるのは、ひとつには「引き込まれた」ていう個人の主観っぽい言い方
より、「ドラマの持つリアリティ」なんて言う方が、客観的でちゃんとしてそ
うだから。
もうひとつは、そうやって引き込まれる展開というのは、ひとつひとつのセリ
フ、その応酬、俳優の声や表情、などなど、物語を積み重ねていくあいだに、
取りこぼさず、その都度本当らしさを守りながら、作品を進めていって生み出
されるものだからだ。
こう言って、こう答えて、こんな顔になって、だから、この結果になる……、い
ちいち納得するというより、いちいち引っかかることなく、するりと心に入っ
てくる。

それはたとえば、とても個性的な登場人物が普通の人は言わない/やらないよ
うな突飛なことを言い出した場合も含む。それは、人物描写の積み重ねが、突
飛なことも「その人ならそういうことを言う/やるかも」「さもありなん、あっ
たら面白い」に感じさせて生まれるリアリティだ。

フィクションのリアリティは、必ずしもそれが現実に起こるかどうかではなく、
そう信じさせてくれるか、そうなったら面白いと思えるか、が基準になると思
う。
私だけじゃなく、そういう意味でフィクションについて「リアリティ」を使う
人って、注意して観察するとけっこういるんじゃないかと思うんだけどな。


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★DVD
『しあわせの雨傘』(DVD)¥3,683
コレクターズ・エディション<2枚組>
http://amzn.to/xlOTzj

『しあわせの雨傘』(Blu-ray)¥4,935
http://amzn.to/AhMb9F
コレクターズ・エディション<1枚組>

価格は2012年1月9日現在のアマゾンでの価格です。
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編集・発行:あんどうちよ
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ラベル:フランス
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2012年01月12日

No.245 フェアウェル さらば、哀しみのスパイ

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欧 州 映 画 紀 行
                No.245   12.1.12配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

お久しぶりです。そして、
あけましておめでとうございます。
忘れた頃にちょろりと配信する不定期配信となっておりますが、
きっと今年もそんなペースで、よろしくお願いいたします。

★ 時代の大きなうねりのなか、ちっぽけな個人と個人 ★

作品はこちら
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タイトル:『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』
製作:フランス/2009年
原題:L'affaire farewell 英語題:Farewell

監督・共同脚色:クリスチャン・カリオン(Christian Carion)
出演:エミール・クストリッツァ、ギョーム・カネ
   アレクサンドラ・マリア・ララ、インゲボルガ・ダプコウナイテ、
   デヴィッド・ソウル、ウィレム・デフォー
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■STORY&COMMENT
1981年、ブレジネフ政権下のソビエト連邦。
KGBの幹部・グリゴリエフ大佐は、国家の中枢に身を置きながら、西側諸国に置
いて行かれている国の状況に危機感を抱いていた。国をよくするためには現体
制の打破が必要だと考え、重要機密を西側へ提供する。そのメッセンジャーと
なったのは、なぜか単なる民間人。フランスの家電メーカー技師としてソ連に
赴任していたピエールだ。ピエールは、はじめはいやいややりつつも、国を動
かす機密を手にすることに興奮を覚え、またグリゴリエフの人となりにも惹か
れてゆき…。
“フェアウェル事件”は、ソビエト連邦を崩壊させたきっかけの一つともいわれ
る実在のスパイ事件。

私はこのスパイ事件は知らなかった。ふつうの人が知ってるような有名な事件
なのかどうかもわからない。まったく予備知識がないことも幸いしたか、「こ
の先どうなるの? どうなるの?」とときには、怖くてちょっと止めながら観
ていた。少し大げさだけど。怖がりなんだな。
どこまで忠実に描いているのか、正確なところはわからないが、この作品の結
末が事実なら、「事実は小説より奇なり」というにふさわしい史実だろう。

西側と東側の対立、冷戦という大きな背景がある。そのなかでソ連を裏切りス
パイ行為を働く大佐がいて、そこに巻き込まれるフランス人青年がいる。とて
つもなく大きな大きな話なのだが、観ていて惹かれるのは、少しずつグリゴリ
エフとピエールが友情を育てていく、ごくごく小さな個人の交じり合いだ。ピ
エールはグリゴリエフの身を心から案じて亡命を勧め、家族のリクエストにも
応えてクイーンのミュージックテープやらシャンパンやら、頼まれては西側の
物資を届け、情報と物資の受け渡しの場は、グリゴリエフにとっても誰にも言
えない思いを語る場所になっていく。

監督のクリスチャン・カリオンの作品は、『戦場のアリア』という作品を観た
ことがある。このメルマガでも紹介した。主演はピエール役のギョーム・カネ。
http://oushueiga.net/back/film126.html
第一次世界大戦中、塹壕を築いて戦うスコットランド軍、フランス軍と、ドイ
ツ軍が、クリスマス・イブに1日だけ休戦して兵士同士が友情を交わす物語だ。
国と国の戦いという大きな流れのなかで、たまたま1日実現した吹けば飛ぶよう
な、小さな人と人との交流。そんなテーマが好きな監督なのだろうか。

グリゴリエフもピエールも、国とは別の次元でしばしば「裏切り者」とののし
られる。グレゴリエフは反抗期の息子に「体制派」であることをうざがられ、
そして浮気がバレてますます息子に嫌われる。ピエールは、危ないことに首を
つっこまないでくれと願う妻からののしられる。
国を背負った大きな裏切りのなかに、身近なところでの、しかしそれを咎めら
れればひしひしと痛い裏切りが描かれる。

国と国との戦い、対立、国への裏切り、それらよりも個人のが尊いとか、大切
だとか、比較しているわけではないだろう。
ただ、小さな個人の交流の向こうに大きな流れを見ると、その悲しい現実は、
ずんと重くさらに悲しく伝わってくる。


■COLUMN
グリゴリエフ大佐を演じたのは『アンダーグラウンド』や『ライフ・イズ・ミ
ラクル』などで知られるエミール・クストリッツァ監督。新作が公開されれば
必ず観に行く私のお気に入りの監督の一人だ。自作には必ずちらっと出演して
いる人だが、他の人の作品で主役を演ずるとは何をやっているんだろうと驚い
たが、調べたら、私が知らないだけでちょくちょく映画出演はしているようだっ
た。

もともと大佐の役にはロシア人の俳優が決まっていたらしいが、実話であるた
めに、ロシア政府もいい顔をせず、ロシアの参加が全面的に不可能になっての
キャスティングだったという。
もともと演ずる予定だった俳優を私は知らないが、「ソ連」の「大佐」といっ
たら、いかめしく、オーセンティックな雰囲気が似合うように思う。クストリッ
ツァの容貌はそれからかけ離れていて、当初の予定とは作品の雰囲気はずいぶ
ん変わったのではないかと想像する。
余談になるが、「クイーン」を知らなくてうまく発音ができないシーンでは、
クストリッツァ本人がオーバーラップして、「クイーンを知らないクストリッ
ツァ」にちょっと笑ってしまった。

キャスティングにケチをつけているわけではない。
全体としてよくはまっていて、新たにこの映画をリメイクして他の誰かが大佐
役をやると言われたらピンとこないと思う。
友情が生まれて以降の大佐とピエールが語り合う様子は、人生の先輩・兄貴分
と弟分という風情で、本当にこの友情がいつまでも続くようにと願わずにいら
れない、美しい光景だった。

そして、クストリッツァ監督がかなり好きで、ギョーム・カネという俳優をけっ
こう好む私は、この美しい光景に、ついうっかり、監督と俳優が映画論を交わ
しているところを夢想してしまうのだ。あまりいい観方ではないけどね。

キャストについてつけ加えれば、『戦場のアリア』に出演していた俳優たち、
ダイアン・クルーガー、ベンノ・フユルマン、ゲイリー・ルイスもカメオ出演
している。

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★DVD
『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』¥3,683
http://amzn.to/xC42bk

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ラベル:フランス ロシア
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2011年11月27日

予告でもしておかないと

お久しぶりです。

久しぶりにblogを書くと、たいてい、
最近メルマガ配信してなくてスイマセン、スイマセン。
blogでも音沙汰なくてスイマセン、スイマセン。

ではじまってマンネリを呼ぶんで、謝らないですよ。
なーんか、やることいっぱいで手が回らないんだもん、
しょーがないじゃん、へらへら。

11月の頭の方はそれほどいっぱいいっぱいでもなかったはずですが、
いつのまにか、大忙しな状態に突入して、なんでこうなっちゃったんでしょ。

メルマガで取り上げるつもりになってる作品が、2つたまってるんですよ。
1つは、前回のblogで、観るつもりと言ってた
『しあわせの雨傘』。
キャラクターのつくりかたが、ほどよく大げさで、
それが小気味よいコメディになってる、楽しい作品でした。

もう1つは、ギョーム・カネとエミール・クストリッツァが主演の
『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』。
クストリッツァは、自分の作品によくちらっと出演はしているけれど、
他の人の作品に主演?
とびっくりしながら観たら、けっこう普通に演技していました。
私が本来苦手な「実話にもとづいた」ってやつですが、
かなりのめりこんで観ました。
もともとはロシアの俳優が決まっていたところ、
事実にもとづいたスパイもの故、ロシアから横やりが入ったとかで、
ロシア人俳優が出演できなくなって、クストリッツァの出演が決まったらしいのです。
なぜそこでクストリッツァなのかはわかりませんが。
そのもとになったエピソードについて知りたいな、と思ったり
社会の体制を考えたり、いろいろひきずった作品でした。

この2つ取り上げて書いていく予定。
はやく取りかからないと忘れちゃいそうですね。
まあ、気長に待っていてくださるとうれしゅうございます、はい。

その他近況

吉祥寺シアターでの、
『ソウル市民五部作連続上映』で、
『ソウル市民』、『ソウル市民1919』、『サンパウロ市民』の3作品を観ました。
何気ない日常の会話のなかに、
ごく普通の人々にある脳天気な差別意識が見えてくる、
軽くて重いシリーズ。
ホントはあと2つコンプリートしたいのだけど、ちょっと難しいかな。

『サンパウロ市民』では、
作者の平田オリザさんと小説家の高橋源一郎さんのアフタートークも堪能しました。

吉祥寺シアターは我が家から自転車で15分くらいで行けて、
しかも劇場に自転車置き場があるという、素敵なところ。
ほんとに、ちょちょちょい、と行けるんだから、
早い段階からコンプリートする算段をつけておけば、とちょい後悔中です。
観劇は計画的に。

ほかには、近々、疲れてへろへろになってる状態だと思いますが、
三谷幸喜作『90ミニッツ』(西村雅彦/近藤芳正)を観る予定。

それでは、年内には前述の2作品をネタに書くつもりです。
「つもり」ですけどね。
よろしく〜!




posted by chiyo at 11:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

メルマガではパス、と思った『リッキー』

昨日配信した『エリックを探して』のメルマガ(blogは今朝アップした1つ前の記事)、なんだか暗いコラムを書いて、少し後悔してる。
軽くて楽しいコメディだというのに、なんでこんな気分の沈むことというか、この人だいじょうぶ?と心配されちゃうようなことを書いてしまったのか。
書いているときには、自分のなかでは映画とコラムはつながっていたし、ごくふつうの日常のことを書いているつもりだったのだが、一夜明けてblog版としてアップしてみたら、あれ、ちょっと映画の雰囲気に合わないものを配信してしまったなあと。

なんて言ってても配信しちゃったものはしょうがない。
書いてあること自体は別にウソを書いたわけでもないしね。


最近観た映画で、おもしろかったけれど、紹介していないものを一つ。
フランソワ・オゾン監督の『リッキー』
赤ちゃん(リッキー)の背中にあざのようなものができて、どうしたのかと訝っていたら、どうやらそれは羽根のようで………
というお話。

この映画、どこまでストーリーを話していいのかわからない。どこまで話しても「ネタバレ」になる気がする。
そして、どこに着地点をもっていくんだろうと思って観ていると「え、そうなるの? それでいいの? え?」と戸惑うような結末で、最後まで観ることで、それまで展開されていたストーリーの見方や解釈も変わっちゃうような話だ。

だから、結末抜きに何かを言うのが難しくて、メルマガでとりあげるのには向かないだろうな、と感じた次第。

映画を観終わって、カフェでさっき観た映画についてあーだこーだと議論して楽しむ(古き佳き)フランス人のための映画(っぽくつくった映画?)ていう印象だ。


で、今は同じオゾンの『しあわせの雨傘』をみようかなと計画中。
カトリーヌ・ドヌーブはそれほど好きではないのだけれど、ファブリス・ルキーニは楽しみ。
ドヌーブと色とりどりの傘なんて、また、古き佳きフランス人観客に向けてるのかしらん。
posted by chiyo at 17:31| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | その他映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

No.244 エリックを探して

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欧 州 映 画 紀 行
               No.244   11.10.03配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 人生を変えるために必要なものとは? ★

作品はこちら
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タイトル:『エリックを探して』
製作:イギリス・フランス・イタリア・ベルギー・スペイン/2009年
原題:Looking for Eric

監督:ケン・ローチ(Ken Loach)
出演:スティーヴ・エヴェッツ、エリック・カントナ、
   ステファニー・ビショップ、ジェラルド・カーンズ、
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■STORY&COMMENT
プレーはもちろん、その言動でもファンや敵を多く作ったサッカーの大スター
エリック・カントナとのコラボレーションによるコメディ。
イギリス・マンチェスター。郵便配達員のエリックは、二度の結婚に失敗し、
二度目の妻の連れ子である二人の息子にはバカにされきっている。彼の楽しみ
は職場の仲間たちとバーでひいきのマンチェスターユナイテッドの試合を観る
こと。部屋には往年のスター選手エリック・カントナのポスター。日頃のグチ
をカントナのポスターに向かってブツブツとなえるしょぼくれた中年だ。
そんなある日、まだこっそり愛している最初の妻と顔を合わせることになり、
悩む彼のもとに突然カントナが姿を現すようになったのだ。

細部にはこだわらないで、軽く軽く観られる楽しいコメディ。「しょぼくれて
るあなたも人生は変わるよ、変えられるよ、ただちょっとの勇気を持てば」と
いう、「よくある」と言っちゃあ身も蓋もないかもしれないが、安心して観ら
れる「人生好転コメディ」だ。
「労働者仲間」の絆が大活躍するというケン・ローチらしい希望の在り方も、
あり得ないと言えばそれまでだけれど、そういうことがあってもいいんじゃな
い?と笑顔で言えるすがすがしさがある。

このままでよくはないだろうとは思っているけれど、なんだかんだと言い訳を
しながら行動できないでいる多くの人にとって、主人公を応援する気持ちも、
主人公の気持ちを考えることもたやすく生まれてくる作品だろう。

ただ、変わりたいけど変われないでいる多くの人と、エリックが異なっている
のは「信心」のようなものだ。ここでいう信心とは宗教ではなくて、エリック・
カントナという絶対的に尊敬する人がいるということ。
夜な夜なポスターに話しかけているうちに、カントナが現れるのだが、そんな
カントナと会話できるのは、エリックが絶対的にカントナを敬愛しているから
だ。だから、おそらく、この作品をみて、「よし、自分もちょっと勇気をもっ
て踏みだそう」なんて思っても、実は何かへの「信心」がないと難しいってこ
となのかもしれない。
前述のケン・ローチにとっての「労働者仲間」への信心も似たようなものだ。

うんうん、そうだね、言い訳ばかりしていないで、ちょっとがんばって一歩踏
み出したら、何かが変わるかもしれないね、というさわやかな後味のなかでも、
「私にはそこまでの信心が何かあるだろうか」と考えないでもいいことを考え
てしまった。

カントナの現役時代のスーパープレイ集が随所に。サッカーファンはそれだけ
でも楽しめるだろう。同時に、サッカーをよく知らなくても物語を楽しむのに
はなんの支障もないですよ。

■COLUMN
何かをしようと思ってもなかなか実行できなくて、そんな自分を変えたいけれ
ど変えられない。それぞれ個人のなかで程度や目指すものは違うだろうけれど、
たいていの人がそんなことを考えているだろう。(そして自分以外の人は決意
を実行にうつせるすごい人に見えてたりする)
こういう映画が成り立つってことは同じ思いを皆が共有しているんだろう。

私も間違いなくそういう人の仲間なんだけれど、それがどこかで屈折してこじ
らせていていけないなあ、と最近思う。
私の問題というのは、「言い訳」を、自分で自分を非難して痛めつけて、「こ
ういう風にツラくあたってるんだから赦される」に見つけてるところだ。

的外れかもしれないので、「なんとなく想像できる」程度の話で、話半分に聞
いていただきたいのだけれども。
たとえば、そんなことで命を落とすわけではない傷を手首につける人がいて、
いっぱい食べちゃったことを後悔して後で食べた物を吐く人がいる。
そんな人たちは、そうやって自分を罰していれば、ダメな自分でもそこにいて
もいいような気がしちゃうんじゃないかな、と思う。手首を切って人の注目を
浴びたいのよ、なんて非難も受けるけど、本人はダメな自分を罰してるってと
ころもあるんじゃないかな。太りたくないから食べる物を減らしたい、て場合、
吐き気でいやな思いをすることが食べてしまった罪滅ぼしになってるんじゃな
いかなあ、と私は想像するのだ。
そうやって自分を罰することで赦されて、やっと何かのバランスを勝ち得て暮
らしていける。

私は現実に体は痛めつけないけれど、心の中で自分を罵倒して精神的に痛めつ
ける。
できないこと、実行ができないこと、を、ちゃんとこんなに責めたんだからOK。
「これでよし」て思ってないんだから、ちゃんと罰を与えているから大丈夫で
しょう、赦してもらえるでしょう。そうやって心の中で自分を自分で痛めつけ
て相殺しようとする。

いったい誰から赦してもらいたいんだか。

それはそれで私の身の守り方ではある。
身を守ることは大事だけど。
長い目で見ていいことないのね。自分自身の非難に奮起するんじゃなくてただ
ただ疲弊して、自信はどんどんなくなるし、卑屈になるし。自尊心もなくなっ
ていって、その割にはけちくさいプライドばかりが鼻につくようになる。

これをしたんだから相殺みたいな、足し算や引き算、もしくは自分との取り引
きめいた考えは、続けないほうがいいんだろう。
自分がどこまで変われるのか、「変わらなきゃ」より「変わっていくのが楽し
みだな」とのんびり構えるくらいがちょうどいいのかな。

ややこしいコラムを書いてしまったけれど、映画はほんとうに、さらりと軽く
あったかいハッピーエンドのお話ですよ。

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★コメントくださった方へご返信
・渋木 さま
ほんとにお久しぶりです。音沙汰なくてすみません。
「楽しみです」と声をかけてくださるのがとてもうれしくて、それに応えたい
なあといつも思ってはいるのですけど。
おっしゃる通り無理せずマイペースで配信していきますので、これからもよろ
しくお願いしますね!

・meik さま
素敵な感想をありがとうございました。読んでくださった方が、私の気持ちと
どこかで波長が合う瞬間があるんだなあと思うと、書くのがまた楽しくなりま
す。
気が向いたらぜひまた感想を送ってくださいね。波長が合うときばかりでもな
いでしょう、「今日のはなんか違うー」ていう感想でも、いろいろ聞きたいなー
と思っています。

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2011年09月24日

No.243 クリーン

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欧 州 映 画 紀 行
               No.243   11.09.24配信
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フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 寛容は得難く、抱き難く、だけどやっぱり必要 ★

作品はこちら
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タイトル:『クリーン』
製作:フランス・カナダ・イギリス/2004年
原題:Clean 

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス(Olivier Assayas)
出演:マギー・チャン、ニック・ノルティ、ベアトリス・ダル、
   ジャンヌ・バリバール、ジェームズ・デニス
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■STORY&COMMENT
ロック歌手のリーを夫にもつエミリー。リーの活躍が芳しくないのは、ヤク中
の妻がいるせいだと周囲から批判され、荒れていた。そんな折、リーが薬物の
多量摂取で命を落とし、エミリーは薬物所持で逮捕、半年の刑務所生活に。夫
も仕事もなくしての再出発。リーの両親に預けている息子のジェイに会うため
に、生活を変えることを決心するが……

ちょっと不思議な映画だった。
「エミリーに同情させるためのしかけ」がさっぱりないんだな。

観客は冒頭で、あんまり趣味のよくないメイクのエミリーに出会い、リーのマ
ネジャーや仲間が「あの女といっしょじゃリーはだめだ」と話しているのを聞
く。それが本当のことなのか、むしろ周りのやっかみや無理解なのか、わから
ない。やむを得ない事情があったのか、それもわからない。
周りは、リーの死はエミリーのせいだと思う。観客は、口論の後、エミリーが
モーテルを飛び出して不在中にリーが死んだことは知っているけれど、それが
間接的にどの程度にエミリーに責任があることなのか、判断できない。
才能あるミュージシャンをつぶしたロクでもない女だと言われれば、そうなん
じゃないかと思う。

こういう話の場合、ふつうは、エクスキューズがつく。
いや、周りはこう言ってるけれど、エミリーには実はもっと辛い事情があって
ね、過去にこんなことがあってね。など。
そういうものは一切ない。
リーと出会う前、エミリーはパリでケーブルTVの音楽番組に出演して人気者だっ
たらしい。刑務所を出た後にエミリーが移り住むパリでの旧友との会話から、
それはわかる。しかし、情状酌量の余地をもたらす過去も、周りの知らない特
別な事情も、提示されない。

リーの両親のもとにいるジェイに会いたいからと、クスリ(この場合は麻薬で
はないのか、処方せんを偽造すると手に入るクスリらしい)をやめようと思う
けれどもなかなかやめられず、親戚に世話されたウエイトレスの仕事は態度が
悪くてクビ。彼女のファッションセンスからは考えられないような地味な服の
売り子の仕事にありつくも、「刑務所みたい」と文句ばかり。
こと日本人の感覚だと、ここで地味な仕事でも心を入れ替えて励んで「地味で
真っ当な人生」を選ぶ姿にほだされたりするのが定番だったりするんだけども、
エミリーにはそういう傾向がさっぱりない。

作り手はそうやってエミリーを見せたりもしないし、そういうエミリーに同情
してもらおうともしない。わざとなのか、ふつうの感覚で作るとそうなったの
か、それとも本当はそういうしかけはあるのに、私が気づいていないだけなの
か。
たぶん、「わがままで地道な努力をする様子のないエミリーにイライラしてまっ
たく感情移入できなかった」という人も多いんじゃないかと思う。

それでもね、「リーにそばにいてほしい」とふいに泣きじゃくる姿や、ジェイ
に会いたくて慣れない頼み事をする姿に、私は涙が出てしまうことが何度かあっ
た。

たぶん、こういうことだ。
やむを得ない事情があったから、ほんとは彼女はしっかりしてるから、自分に
合わない仕事でもがまんしてやったから。
そういう条件付きで救済されるんじゃない。弱いしなんかいろいろ呆れるほど
ダメだし、わがままだし、だけどそれでも人は認められていいんだ。そういう
寛容がきっと必要なのだ。

寛容にならないといけないな、と思うと同時に、弱くてなんかホントにいろい
ろダメで自分勝手な人間の一人として、弱くてダメでも私は希望を持って生き
てもいいのかもしれないと、励まされた。きっと私はいろんな寛容に支えられ
てきて、きっとこれからも寛容に助けられるだろう、と都合よくね。

この寛容を具現化する存在として出てくるのがリーの父。あのお父さんがいな
かったらどうにもならなかったなあ、とちょっと都合よく「いい人物」過ぎる
気もしたけど、効いている存在だった。

書ききれなかったけれど、カナダ、ロンドン、パリ、移り変わる町の風景を眺
めるのも楽しい作品。

■COLUMN
何かのきっかけがあったかなかったか、最近ふと思ったこと「世の中をよくす
るには『ググれボケ』をなくさなきゃ」。
「よい世の中」て何だよ、とそんな定義も必要だというのはごもっともな指摘
だろうけど、そこはちょっと置いといて。
一応説明すると「ググる」というのは、「グーグルで検索する」を短くした言
葉で、グーグルに限らずインターネットで検索して調べるということ。自分で
ちょっと検索すればわかることを他人に聞くな、と、何でも人に尋ねる人に投
げつける言葉として「ググれボケ」とか「ググれカス」とかいう表現がある。

確かに、ちょっと調べればすぐわかることをすぐに人に聞く人(しかもインター
ネットにつながっている)を見ると私もなんでだろうなあ、と思っていたし、
実際いろいろ尋ねられて、その尋ねられたことを全部ググって答えているとき
なんかは、そっちでググればいいじゃん、と閉口したこともある。
でもここ最近、「まずは自分でググる」がまるで普遍的なマナーのように定着
するのを見ると、ボケだのカスだのがつかなくても、「ググれ」なんてケチな
こと言わないで教えてあげればいいのに、と思うようになった。

ちょっとした調べ物を全部丸投げしてくる人や、何度も教えたことを何度も聞
いてくるどうしようもない人もいるだろう。人間関係のある職場というものを
持たない私には計り知れないような苦労をしている人もいるのだろう。
でもね、「ググれ」も「ググろう」も、なるべく言う(思う)頻度を減らして
いくほうがいいと思うのだ。

知らないことはべつに悪いことじゃないし、「いまさら聞けない」みないな恥
ずかしさは、本来はなくてもいいことだ。知らないことを知りたいと思う人が
いたら、知っている人、調べる術を持っている人は、ちょっと時間と労力を使っ
て教えたらいいじゃないか。「ググれ」「ググろう」「ググったら?」どんな
表現を選んでもこれは一種の関係の拒絶だ。自分が知らないことを自分で調べ
ない弱さや怠惰を嘲笑して拒絶するよりも、そこは寛容に受け入れて、調べる
能力を持っている人は、そのチカラをちょっとだけ分けてあげたらいい。少な
くとも、そこには小さいけれどある関係ができる。誰かとのあいだにつながり
ができる。拒絶を重ねるよりも関係を重ねて、持ってるチカラを分け合える方
が、世の中はよくなると思う。

受け入れる方はちょっとしんどいところもあると思う。自分のキャパシティを
超えて寛容を発揮する必要はまったくないけれど、弱いことにも怠惰なことに
も自分勝手も、ある程度は受け入れようよ。
弱くて怠惰でなんかいろいろダメな私のわがままみたいなモンでもあるけれど、
みんなそんなに偉かあないんだから、お互いに寛容に受け入れて、受け入れら
れての方がいいことがあるよ。きっと。


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2011年08月19日

雨の日の音

雨の日は音数(おとかず)が増える。
なんのこっちゃいとお思いでしょうが、
雨の日、というより、雨が降りそうなとき、の方が近いかなあ。
ふだんは聞こえないちょっと遠くの電車の音やアナウンスが聞こえたりしませんか。

たぶん気圧の関係で、音の伝わり方が変わって、
少し遠くの音が伝わりやすくなるんだと思うのですが、
専門的なことはよく知らないし、今は調べるのもめんどい。
雨の日はそんなわけで、聞こえてくる音がいつもよりちょっと増える気がするんです。
雨が降ってしまうと雨音がするから、それでかき消されてしまうところもありますけれど。

少し前にここに載せた突発性難聴の話の中で、
治りかけの頃からはじまった「リクルートメント現象」のことを書きました。
弱っている周波数の音が聞こえた場合にやたら大きく感じてしまう症状です。

かなりよくなってきて、たとえば、以前に書いた、レジ袋のガサガサ言う音は今では平気だし、
音をうるさく感じることがあっても、いちいちいろいろな音にびくっと驚くことはほとんどありません。
でもやっぱり音に過敏になっていること自体は続いていて、
今日のような雨の日には、1行目のように思うのです。

音の数が増える分、私の耳のなかで増幅される音も増える。
思いっきり直毛の私は、雨の日に髪がクルクルするなんて言う人が
ちょっとうらやましかったりするのですが、
「雨の日は音数が増えちゃって困るわ〜」なんて言ってみようかしら。


追伸
今残っている、二大「聞くと辛い音」
・食器のカチャカチャ言う音
・音楽

音楽って、それこそ「音数が多い」最たるものと改めて認識。
楽器1本のものなら比較的大丈夫だけれど、
大雑把に言って、音楽全般を聞くことのできない状態。
ということは、映画も観られない状態。
音楽の鳴らないものなら、大丈夫なんだけれど。
(でも銃撃戦やら効果音を増幅させてるようなのはいやかな)
そんなわけで、新しい映画レビューはもう少し先になりそうです。
ごめんなさいね。

posted by chiyo at 12:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 難聴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月18日

女子サッカーの映画といえば

なでしこジャパン、優勝おめでとうございます。
女子サッカーの映画といえば、『ベッカムに恋して』。
て、まあ、ほかに知らないだけなのですが。

7年前にメルマガで書いた『ベッカムに恋して』のレビューを
お、タイムリー♪とばかりにひっぱり出してみました。
「なでしこジャパン」という愛称がつけられたちょうどその頃か、
その直前か、女子サッカーについてもちょっと触れています。

まだメルマガをはじめたばかりの第4回で、なんだかういういしいですね。
てことはないか。
(2004年6月3日配信の記事)

↓↓↓

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*** 欧 州 映 画 紀 行 ***
           No.004
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★心にためる今週のマイレージ★
++ 人生を切り拓く ++


作品はこちら
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タイトル:「ベッカムに恋して」
制作国:イギリス・アメリカ・ドイツ/2002年
原題:Bend It Like Beckham
監督・製作・共同脚本:グリンダ・チャーダ
出演:パーミンダ・ナーグラ キーラ・ナイトレイ
    ジョナサン・リース=マイヤーズ
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■STORY
インド系イギリス人のジェスは、ベッカムとサッカーが大好き。彼のようにな
りたいと、男の子たちに混じって草サッカーに明け暮れる毎日だ。しかし彼女
の家庭はインドの伝統と風習を守る家。女の子がスポーツをするなんて、しか
も足をむき出しにしてサッカーなんて絶対に許してもらえない。

ある日地元の女子サッカーチームのエースストライカー、ジョールズが、公園
での彼女のサッカー姿を見て、ぜひチームにきてほしいとジェスに頼む。自分
が本当にチームでプレイできるのかと、なかなか信じられずにいる彼女だが、
練習に参加してみることに。コーチのジョーにも認められ、彼女は本格的にプ
レイヤーとしての道を歩むこととなった。アメリカではプロリーグもあるとい
う。

サッカー選手として生きていく夢を持ち始めたジェスだが、難しいのは両親の
反対だ。練習にも試合にも、何か口実をつくって出かけなければならない。バ
イトに行くことにしたり、仮病を使って一人家に残ったり、必死に隠してサッ
カーを続けるのだが、そんな隠蔽工作も長くは続かない。
彼女の夢ははたして叶えられるのか……

■COMMENT
注意:ベッカムに恋はしない。ジェスが恋するのはコーチのジョー。親友・
ジョールズとの三角関係に悩む場面もある。

厳格な家庭で、自分のやりたいことをやれない。よくある話である。はじめは
対岸の火事で眺めてしまうのだ。インドの風習ってのは大変だなー、短パンも
許してもらえないのか、気の毒にと。しかし、物語が進むと、ちっとも他人事
ではないことに気づく。サッカーを反対されているのは、白人ジョールズも同
じ。父親は理解があるものの、母親はもっと女らしくして欲しいと言い、女子
選手のポスターをぺたぺた貼って、もしやレズビアン? なんて思っている。

きっと世間では格闘技とか、トラックの運ちゃんとか、「えー、女の子なのに
?」と言われるものがたくさんある。男女の区別なく、好きなことやったらい
いじゃないか、と本気で思うけれど、親の反対にあったと言われれば、そうだ
ろうな、と納得してしまうだろう。納得する辺り、親御さんと世間体を共有し
ているのだ。
そういう世間体を持ちながら、インドの伝統は大変だー、とインドのせいにす
るのも十分偏見に満ちている、かもしれない。

差別や偏見は「女の子がサッカーをすること」だけじゃない。白人の移民に対
する偏見、逆にインド系住民のイギリス社会への偏見、ゲイへの偏見。ジェス
の父は、クリケットの選手だったけれど、インド系だからプロになれなかった。
ジョーはアイリッシュで肩身が狭いし、女子チームのコーチなんてまともな職
業と認められない。男子チームのコーチに「昇格」させてやるって、話も飛び
込んでくる。

差別・偏見について書いたけれど、別にそれがメインのテーマの重い映画では
ない。日常のどこにでもある偏見を、うまくスパイスにして、壁にぶつかった
主人公たちが、自分の人生を切り拓く様子を清々しく描いている。

ジョーはジェスに「自分の人生だろ」と両親のいいなりにならずにサッカーを
続けることを勧めるけれど、ジェスにとっては両親が喜んでくれたり、両親に
祝福されることも「自分の人生」なわけで。自分の願いだけを見つめても、自
分の人生を考えたことにはならない。まわりの幸せも考えてこその自分の人生。
そんな揺れる心がうまく表れていたと思う。

惜しむらくは、サッカーシーン。足下や、ピッチの選手の動作を多く映して、
サッカーっぽさを出していたことはわかる。シュートが入る映像を「網にボー
ルがつきささる」画で表現したところなんかとてもそれっぽい。女優たちもト
レーニングをかなり受けたのだろう。ただ、原題(“Bend it like Beckham”)
通り、「曲げてきたー(絶叫)」みたいなボールの軌道もきれいに見せて欲し
かった。映像としてのサッカーらしさというのは、激しい動きだけで表現され
るものじゃない、と思う。

でも、まあ、それは小さな事。スポーツする女性のきれいさ、さわやかさは試
合中の映像が伝えてくれる。少しはらはらして、あとはすっきり元気になりた
い人におすすめ。

■COLUMN
女子サッカーの日本代表が、北朝鮮を破ってアテネの出場を決めたとき、私は
その場にいた。女子サッカーを少しでもメジャーなものにすべく、サッカー協
会がPRにかなり力を入れているようで、「やべっちFC」というサッカー番
組に応募したら、観戦チケットをくれたのだ。
前に女子の代表を見たのは、男子の日本代表の試合の前座だった。昼前から女
子の試合を見に来ている人が、そうたくさんいるものでもなく、スタジアムは
閑散としていた。それから何年も経っているが、その女子の試合のため、夜の
国立競技場に次々と人が押し寄せてくる様子は、時代の流れを感じさせてくれ
て壮観だった。

サッカーをする小学生の女の子は相当数いるらしい。しかし、中学校にはいる
と、学校に女子サッカー部が少ないことなどが影響し、ガクンと競技人口が減
るのだという。そこのところの落ち込みをなんとかするのがサッカー協会の課
題。マスコミでの露出が増え、サッカーっていいな、と皆が思ってくれればサッ
カーを続ける子も、新たにやりたいという子も多く生まれるかもしれない。
中学校に部活がないことからも、今までの世の中で、女の子がサッカーをやる
ことは、あんまり期待されていなかったことがわかる。思春期の頃は人の評価
に敏感だから、泥だらけになってボールを追い回す自分を好きになれない娘た
ちも多いだろう。

現在の女子チームを率いる上田監督も、女子代表の監督を打診されたときには、
「女子なんかより男子の強化が先だろう」と思ったのだそうで、最初は女子の
監督就任が「降格」に映ったのかもしれない。その思いも初日ミーティングで
の選手たちの真剣なまなざしに、うち崩された、というが、こんな身近な人に
も世間の偏見がしのびこんでいた。
選手たち自身も、その中でサッカーをやり続けるのには、難しい場面にたくさ
ん出会ったのだと思う。今度のオリンピックで、強く美しい姿を見せつけて、
偏見を吹っ飛ばせればいいのだが。

ジェスたちが憧れたアメリカのプロリーグは解散してしまった。競技する人だ
けががんばっても続かない。女子サッカーを応援するなら「感動をありがとう!」
とたやすく感動だけもらわずに、感動をくれた人たちのその後にも注目していく
観客の覚悟も必要。自戒をこめて。


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転載には許可が必要です。

編集・発行:あんどうちよ

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posted by chiyo at 11:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする