2010年08月01日

No.235 ロルナの祈り

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欧 州 映 画 紀 行
               No.235   10.08.01配信
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★ 変わりゆくもの、それを見つめる心もやはり変わりゆく ★

作品はこちら
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タイトル:『ロルナの祈り』
製作:ベルギー、フランス、イタリア/2008年
原題:Le silence de Lorna 英語題:Lorna's Silence

監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
     (Jean-Pierre Dardenne、Luc Dardenne)
出演:アルタ・ドブロシ、ジェレミー・レニエ、
   ファブリツィオ・ロンジョーネ、アウバン・ウカイ、
   モルガン・マリンヌ、オリヴィエ・グルメ
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■STORY&COMMENT
アルバニア移民のロルナは、ベルギーで偽装結婚をする。闇ブローカーの手が
ける偽装結婚は、麻薬中毒の患者を金で釣って結婚、国籍が取れたところで、
薬物中毒を装って「夫」を殺し未亡人になったら、ベルギー国籍を欲しがって
いるロシア人と金をとって偽装結婚する、という仕組みだ。
同郷の恋人とベルギーで幸せに暮らす夢を見るロルナだが、偽の妻に子供のよ
うにすがりながら、薬物中毒から抜け出そうとする「夫」クローディを見捨て
ることができなくなってくる……

映画にもいろいろなジャンルがあるけれど、「ドラマ」と呼ばれるジャンルの
作品に共通する楽しみ(のひとつ)は、登場人物の変化を眺めることだ。
実際の人生でだって、よくも悪くも、人は変化するものだけれど、一般的にそ
の変化はとてもゆっくりで、ある時点である過去を振り返って、思えば変わっ
たもんだな、と思うもの。しかし、映画というのは、2時間ほどの時間に凝縮し
てその変化を堪能することができる。
成長であっても、別れを呼ぶものであっても、どこか寂しいものであっても、
人は人の変化を見るのが基本的に好きなんだと、私は思っている。

国籍を得るための手段として、「どうせ底辺のヤクチュー」として、蔑んでい
た相手を、しだいに「人」と認め、ブローカーのボスに、「何も殺すことはな
いじゃないか、離婚するだけじゃだめなのか」と頼みこむ。そこからさらに、
彼女は大きな変化をするのだが。
ロルナがどう変わっていくのか、がこの映画の大きな楽しみで、それを言って
しまうと、この映画を観る楽しみが半減してしまうから、どんな変化が起こる
のか、これ以上、詳しくは言わない。しかし、この映画を語ろうと思うと、変
化した末のロルナに注目しないと何も言ったことにならない。ということで、
重箱の隅をつつくような話になってしまうけど、映画全体のことじゃなく、な
ぜ、ロルナは、ヤクチューのクローディに親近感を抱くようになったのか。を
考えてみる。

というのは、この作品についてネットで情報を探していたら、「なんであれほ
ど邪険にしてた相手に情がわくのかわからない」という意見があり、私は、特
に疑問に思わずに一緒にいるうちに情が湧いたんだな、と素直に受け入れてし
まっていたから、「へー、そういう疑問があるんだな」と面白く感じたのだ。
で、どうしてだろう、と考えてみることにした。

もちろん理由はひとつではないし、言葉で説明できない部分もたくさんある。

ただ、一つ、きっとこれだろうと思える要素は、だらしのない、意志の弱いヤ
クチューだったクローディが自分の力で薬を断とうと決めたことだと思う。
その様子を見てから、ロルナの態度は少しずつ変わる。貧しい国を抜け出して、
幸せになろうと行動した自分に重ね合わせたのか、意思をもって動こうとする
様子に、一人の人間として意識する気になれたのか。

クローディが変わることで、そばにいたロルナも変わる、変化と変化が共鳴し
合うさまは美しい。DVDのジャケットにもなっている、ロルナの見せたことのな
いようなかわいらしい笑顔が、その美しい変化を象徴的に表している。

ラストはずいぶんと観客の想像力を必要とし、その結末にはあまり納得のいか
ない人もいるかもしれない。しかし、人が変わっていくことを見つめることが
好きな人ならば、必ず得るもののある作品だと思う。

■COLUMN
パッと思い出すところでは、ジェラール・ドパルデューが主演した『グリーン・
カード』(調べたらもう20年も前の映画だった)など、偽装結婚を小道具とし
て使う作品は、少なからずあるんじゃないか。

なぜかといえば、「見つかってしまうかも」という映画には絶好のサスペンス
の要素を付け加えられ、かつ、ルール違反であっても、必ずしも道徳に背いて
いるものではない場合が多いので、観客の共感を得やすい。
国や制度を欺く行為ではあるけれど、貧しいところから抜け出て、やってきた
国でまじめに働いて社会に貢献するのであれば、別に誰も損はしないから。観
客としてはやってもいい(しかたのない)ルール違反と考え、そういうルール
違反をせざるを得ない状況にある登場人物の弱さを応援したくなるというもの
だ。

ただし、このロルナについていえば、国籍をとったら相手を殺してしまい、そ
の次には国籍の欲しい金持ちから金をむしりとろうと国籍を売買するような組
織の駒として動いているのだから、身勝手さが目立つ。
だからこそ、彼女がクローディを一人の人間として認め、ヤクチューから抜け
出すことに力を貸し、同時に殺さないでと懇願する変化を見て、観客は応援す
る。善なる側へ、手放しで応援できる側へ、やっておいで、と。

しかし、こっち側へ呼んだロルナは、また別の方向へ変わっていく。偽装結婚
が、やがて偽装でなくなるような幸せな愛の物語では終わらない。その変化を
戸惑いながら観客は見つめ、ここにもう一つ、観客の心情の変化との共鳴が起
こる。
クローディの変化、ロルナの変化を静かに見守りながら、彼らへの自分自身の
心情の変化に、心を傾けながら観てみるのもいい。

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『ロルナの祈り』¥ 3,264
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2010年07月22日

No.234 アンナと過ごした4日間

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欧 州 映 画 紀 行
                
        No.234   10.07.22配信
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★ どこを観ても何かを考えてしまう ★

作品はこちら
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タイトル:『アンナと過ごした4日間』
製作:ポーランド・フランス/2008年
原題:Cztery noce z Anna 英語題:Four Nights with Anna

監督・共同脚本:イエジー・スコリモフスキ(Jerzy Skolimowski)
出演:アルトゥール・ステランコ、キンガ・プレイス
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■STORY&COMMENT
ポーランドの田舎町。病院の火葬場で働くレオンは、年老いた祖母と2人暮ら
しだ。
レオンには数年前、レイプ事件を偶然目撃、濡れ衣を着せられ犯人にされてし
まった過去がある。その時の被害者・看護師アンナに恋に落ちてしまうレオン
だが、正面から愛を打ち明けることはできず、自宅から双眼鏡で彼女の部屋を
覗くことしかできない。やがて、アンナへの恋心が高まり、アンナの家への侵
入を企てる…

難しい映画だったなあ。
何が難しかったかというと、
物語の中心にいる朴訥な主人公に、あんまり感情移入できない、かといって、
「気持ち悪い」としりぞけることもできない。
ふだんだったらこの作品でメルマガを書くのはやめようと、別の作品を選ぶと
ころ、ここでこれを観なかったことにしてはいけないんじゃないかと思う。
面白いかとか、好きかとかいった判断をするのなら、そんなに面白くも好きで
もない。でも、これを観てしまった以上、これについて何かを考える必要があ
るし、語る必要もあるだろうと、重くのしかかってくる。そんな感じだ。

戦争や、なかなか揺るがない社会の仕組みや、そうした大きな「世界の問題」
が絡むようなときも、好き嫌いではなくこのことを考えないといけないだろう
と思うことはあるけれど、今回の作品はそうしたタイプでもなく個人の物語で
あることが、このもやもやをどう説明したらいいのかわからなくなる、「難し
い」理由のひとつだ。

レオンがなぜ、アンナに正面から向かわず、覗いたり、夜中にこっそり部屋に
入り込んで彼女を眺めるだけのことをしているのか。とれたボタンを着け直し
てあげたりしてるのか。それを彼自身は愛だと思っているのだが、しかし部屋
に侵入して見つかりそうになったら隠れているのだから、それを「許されない
こと」という認識はあるはず。彼の言う愛とは、私たちの多くが言う愛とは別
のものなのか。
レオンのようなキャラクターは、コミュニケーション下手だから、アンナに話
しかけたり、誘ったりすることができなくて、陰から覗くだけになる、と解釈
しやすい。だけども、いろいろ考えていると、向き合って笑い合って話すこと
がそもそもレオンにとっては愛の目標ではなく、一方的に眺めることが愛なの
か、とも思える。
小さい頃から孤独に育ったから、他人と向き合うという選択肢が彼の中には用
意されていないのだ、とも。そう考えているうちに、穿ったことを考えても意
味がないんじゃないかな、とまた元に戻る。難しいね〜。


暗い色調の東欧の古い家屋、田舎の街並み、殺風景な取調室、映像の一つ一つ
が美しく、かつ、その中にきっと何かが示唆されているのではないかと、意味
を探したくなるようだ。その映像だけでも、感情移入云々なんてちっぽけなこ
とで、この作品から逃げたらいけないんじゃないの? と思わせる価値がある。

ただ、まだ物語の背景や設定を何も説明しないうちに、レオンが斧を買ったり、
火葬場で人の手を持っている映像を入れて、過度に怖いイメージを醸し出すの
はちょっとやり過ぎなんじゃないか。「映像が語るコトに注目しなきゃね」と
いう喚起にはなってるとは思うけれど。

■COLUMN
人見知りとか、コミュニケーション下手とか、人と会う機会が続くと疲れると
か、自意識過剰とか、後でいろんなことをくよくよ考えるとか(だんだん変わっ
てるな笑)そういった悩みに関することでは、たいていあてはまる自信がある。

とりあえず人づきあいを避けてしまう傾向にあるから、友だちも知り合いも少
ないし(多けれりゃいいってもんでもないですけどね)、仕事もしじゅう誰か
と空間をともにしなくていいフリーランスの形をとっている。

「人間関係」に括られることすべてに弱いとずっと思っていたのだけど、よく
考えると、そうでもないんだと、最近思う。
「コミュニケーションが苦手で」って言う人は(私を含めて)だいたい「コミュ
ニケーション上手」のイメージ像がワンパターンだ。
<誰とでもすぐにうち解けて、楽しい話をたくさんできて、ふだんからマメに
いろいろなところに顔を出して交友範囲が広くて、気安くものを頼める友人が
幾人もいる。屈託なく「人が好きなんです!」と笑える。>
だいたいそんなところだろうか。コミュニケーション上手な人のイメージ。そ
して、それに自分が少しも似ていないから、自分はコミュニケーション下手で
あると信じ込む、そんな傾向があるように思う。(私だけじゃありませんよう
に!)

でもね、当たり前のことだけれど、それら全部をできることが人づきあいの上
手な人ということじゃない。できるにしてもできないにしても、もっといろい
ろな形がある。

私の場合でいえば、初めて人に会って話すことは比較的苦にならない。仕事で
人に取材することもよくあるから、それが苦になっていると仕事にならない。
(ひょっとすると、仕事で知らない人としゃべる機会があるから、それが訓練
になっているということもあるかも)
ま、あんまりいろんな話題を振りまいて周りを和ませるとか、場を盛り上げる
とかいうことはできないので、相手にいづらい思いをさせたりすることはある
かもしれないから、その辺はごめんなさい。

きっと世の中には、「人と話すのが苦手」と感じていて、初対面の人と話すの
が苦痛でしかたない人もいるだろう。でもそんな人の中にも、職場でいろいろ
なタイプの同僚とうまくつきあっている人がいる。

私は職場を持った経験がとてもすくないこともあって、毎日同じ人と顔をつき
あわせて、同じ部屋で長時間仕事をして、しかもその人たちと雑談なんかもす
るというと、どうやっていいのかさっぱりわからない。毎日一緒じゃないなら、
他の人と協力し合うことはちっとも難しくはないんだけど。

あとは、めんどくさがりで小心者、出不精だから、新しく知り合った「この人
面白そうだな」て人と、より深く知り合う、仲良くなるってのも上手じゃない。
そして、初対面が平気とはいえ、大勢がいるパーティーでいろんな人と知り合
いになるなんてことはまずない。
声をかける、誘い出すことが下手なのだ。

映画から話がすっかりそれた。

私は子供の頃から、人との関係をうまく作れないと悩んでいたけれど、同じく
「人との関係をうまく作れない」と表現されて不自然のないレオンとは、下手
さの種類が違う。
程度の問題じゃなく種類の問題。

人間関係苦手、コミュニケーション下手、そう思っている人も、局面を仔細に
考えてみれば、案外苦もなくできていることと、とても苦手な種類のことがあ
る。苦手なところを肥大化させて、全体的にダメなような気がしているだけ。
コンプレックスってのは、そんなものだ。

レオンの姿に自分を重ね合わせるも、重ね合わせられないと思うも、よし。自
分ってのを見つめるのにも使える静かな映画だ。自分を見つめる見つめないは、
気分次第、お好みだけどね。

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『アンナと過ごした4日間』¥4,118
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2010年07月09日

No.233 抱擁のかけら

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欧 州 映 画 紀 行
                 No.233   10.07.09配信
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★ シンプルな物語の多重な楽しみ ★

作品はこちら
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タイトル:『抱擁のかけら』
製作:スペイン/2009年
原題:Los abrazos rotos 英語題:Broken Embraces

監督:ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)
出演:ペネロペ・クルス、ルイス・オマール、ブランカ・ポルティージョ、
   ホセ・ルイス・ゴメス、ルーベン・オチャンディアーノ、
   タマル・ノバス
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■STORY&COMMENT
2008年、マドリード。元映画監督で、目が見えなくなってからは脚本家として
活躍するハリー・ケインのもとに、ライ・Xと名乗る男が現れ、自分の監督す
る映画の脚本を依頼する。その男は、かつてのハリーの秘密を握っているらし
い。ハリー本人も、長年エージェントとして彼を支えるジュディットも、決し
て話そうとしない、14年前のある恋の物語が明かされていく。

現在(2008年)と、1994年の物語が、交互に入って映画は進んでいく。どんな
話なのか、まったく予備知識を持たずに観た私も、迷子になることはなかった
から、二つの時代を行き来する構成も特に複雑には感じないだろう。

簡単に言ってしまうと、94年の物語は富豪と映画監督と美しい女優の愛のもつ
れが描かれ、2008年の物語は、その愛の物語にあった不明部分がしだいに明ら
かにされ、同時にそのことによって人が再生していく。

物語としては特に珍しくなく、むしろどこにでもあるような恋物語。メロドラ
マにもありそうな設定だ。が、そのシンプルさ故に、多重な観方が楽しめるの
が、この作品の醍醐味じゃなかろうか。

多重な観方とは。
たとえば、ペネロペ・クルス演ずるレナの女優っぷり。いろんなウィッグをつ
けてみて、いろんなタイプのメイクをしてのカメラテストは、ペネロペのコス
プレショーみたいであり、男性でも女性でも、ペネロペファンなら、何度でも
観ていたいだろう。
そういうところから、「映画監督」の撮影対象を見つめる目を考えることもあ
りだ。映画撮影のシーンも少なからず出てくるから、映画の世界をのぞく楽し
みもある。撮る側と撮られる側の関係性を考えるのにもよく合う素材だ。
あるところで時間が止まってしまっていた人の人生が、再び息を吹き返す様子
は、何か長いわだかまりがあって苦しんでいる人にとって、大きなエネルギー
になるだろう。
そして、94年の愛の行方や、その詳細を隠そうとする当事者、突然現れた富豪
の息子(映画の脚本を依頼してきたライ・X)の企み等々、ミステリーに満ち
た展開と、ひとつひとつ紐解かれていく謎に心をゆだねるのもいい。

私が観て今回、いちばん心にささってきたことは、未来がなくて激しい愛の哀
しさだった。
予備知識なく観たけれど、2008年にレナの姿がない以上、94年の愛の物語は何
らかの形で終わっているはずで、富豪の愛人たるレナを愛した映画監督ハリー・
ケインと、富豪の愛人であるにもかかわらず、映画監督を愛してしまったレナ
は、ひたすら未来がなく、その愛は痛い。
見ていて痛々しく、ハラハラするのだが、その分、その愛は、肉も精神も鋭敏
で思いが凝縮され、見守っていると、その希有な痛さと鋭敏さが自分の心にも
移ったかのようになる。
そんな自分の心の動きが不思議だった。

物語がシンプルであるが故に、何度観ても、別の角度からの観方を楽しめる。
人によって注目点が違ってくる。
親しい人と批評をしあうのにも向いた作品。一人、自分の心の動きにつきあう
のにも、もちろん向いている。

■COLUMN
便宜上、というのも言い訳がましいが、上で物語のテーマと構造を「簡単に言っ
てしまっ」た。しかし、優れた物語というのは、こうした枠へのあてはめや、
簡単にまとめてしまうことを、拒否する力を持っているものだ。

この物語だって、あらすじだけ言ってしまえばよくある話だけれど、そう言っ
た瞬間、上の文章でも、今この文章でも、私の胸はチクチク痛み、「ごめんな
さい、そうじゃない、そうじゃないから、早く事情を説明させてくれ」とうめ
いている。

「よくあるこういうタイプ」、「あの話に似たあれ」、「こういうジャンルの
話」、そうしてタイプ分けしようとしても、どうしてもそれだけでは説明がで
きない。そう観客に思わせたら、その物語は下世話な言い方をすれば「勝ち」
である。
あらすじを説明して、「まあ要するにこういう話」と説明して心にちくちくこ
ないなら、きっとその物語はその人にとって面白くないか、大事でないか、ま
あ、そんなところだ。
よくある三角関係の物語と言い切ろうとした瞬間に、いやいや、それでは言い
切れない部分があって、と言葉を続けたくなる、これはレナとハリー(マテオ)、
エルネスト・マルテル(レナの愛人の富豪)の唯一無二の物語で、となんとか
その繊細な関係、特別な関係が伝わらないかと考える。物語は最低限、そうい
う感情がわいてこないと、「好き」にはなれない。

だから、すごーく好きな物語だったりすると、こういうレビューを書くときに、
むしろ歯切れが悪い。「こういうジャンル」とか「要するにこんなタイプ」と
まとめられてしまうことに逆らって、なんとか個別の物語のありかたを伝えよ
うとして、まとまらなくなる。言いたいことが沸いて出て、ばっさり内容を切
れなくなる。後で見返しても、下手なレビューだなーと思うのは、自分が入れ
込んでしまっている作品に多い。

おそらく、映画に限らず、物語というのは、最終的にそうやって観客や読者な
ど、受け手を巻き込んで、成立するものなんだろう。一般論では片づけられな
い。誰かの人生が、○○タイプと仕分けされて認識されるようなものではなく、
個別の唯一無二の何にも似ていないものであるように、その物語、その登場人
物の関係が、唯一無二のそれと感じられて、そう証言できる受け手が存在して
こそ、やっと物語はこの世に存在できるんだと思う。

だから、こういうレビューをやるのも、物語の成立や発展や再生や、新たな物
語の誕生に、少しは貢献してると、思ってるんだけどね、勝手に。

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2010年07月02日

No.232 レ・ブロンゼ/再会と友情に乾杯!

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欧 州 映 画 紀 行
               No.232   10.07.02配信
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★ みんなちょっとずつ悪人。笑って済まそう。 ★

作品はこちら
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タイトル:『レ・ブロンゼ/再会と友情に乾杯!』
製作:フランス/2006年
原題:Les bronzés 3: amis pour la vie 英語題:Friends Forever

監督:パトリス・ルコント(Patrice Leconte)
出演:ティエリー・レルミット、ジェラール・ジュニョ、
   ジョジアーヌ・バラスコ、ミシェル・ブラン、
   クリスチャン・クラヴィエ、マリ=アンヌ・シャゼル、
   オルネラ・ムーティ、ドミニク・ラヴァナン
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■STORY&COMMENT
パトリス・ルコントが、70年代後半に、リゾート地でのドタバタを描いて世に
出た『レ・ブロンゼ』シリーズが、同じメンバーで帰ってきた。すっかり中年
になったメンバーたちが再会し、またもや大騒ぎの物語がはじまる。

定期的にこういうジャンルの映画を紹介してる気がするけれど、「バカバカし
いコメディ」。深刻なドラマは脚本が粗いと(あくまで私の基準だけども)な
んだかのれないけれど、バカバカしくて、教訓もなんにもないようなコメディ
は多少何かが粗くても許せてしまう。

先行するシリーズ作品を私は観ていないので、前半はちょっと登場人物のキャ
ラクターを把握するのに時間がかかった。しかし、キャラクターをわかってい
ないと楽しめない、と思い込んで一生懸命把握しなくっちゃ、と思っていただ
けで、実際は、ぼーっと観てても難なく把握できるから、そんなに気にしない
でいい。

イタリアのリゾートホテルのオーナーとなった“ポペイ”のもとに、集まった
旧いリゾート仲間たち。
患者に訴えられ文無しになった美容整形医、アメリカで成功し、場違いなスタ
イルで闊歩する美容師、自分の犬が何より大事な奥様、などなどひじょうにわ
かりやすいキャラクターが繰り広げる、元妻を追いかける三角関係や、息子の
ゲイ問題、金持ちへのねたみ、下世話で誰でも吹き出せるドタバタの応酬だ。
洗練されているとは言いがたいけれど、こんな梅雨時のうっとおしい季節には、
難しいこと抜きにして笑える作品。
しかし、ダレることなく次から次へと新しい問題を起こしてテンポよく物語を
進めていく術は、隠れた「洗練」なのかもしれない。

脚本は出演者の何人かによる共同作業。昔の仲間が集まって、ワイワイ作った
んだろうと想像には難くない。楽しそうだと思うけれど、その雰囲気が内輪受
けだと感じる人がいるかな、ということも否定はできない。
絶対おすすめ、というほどではないけれど、気楽に笑って、すぐに忘れて明日
へ向かいたいあなたに!
(書いてて自分でも何言ってんだかよくわかんないけど)

■COLUMN
お国柄で片付けることはあまり好きではないのだけれど、フランスのコメディ、
(必ずしも笑う要素がなくても人間模様を描いた作品)というのの、面白くて
怖いところは、他人を意地悪に見つめる人の存在を隠さないところだ。

この映画の登場人物たちは、周りの人間の、うざいところや滑稽なところ、平
気でみな嫌がったり、めんどくさがったり、ときにはばかにしたりしている。
日本の作品だと、そこで、でも「ホニャララないいところはあるし」ていうよ
うなエクスキューズが、バカにされた側にも、バカにした側の性格描写にも付
け足されたりするのだが、そういういいわけめいたことがフランス人気質には
不要なんだろう。

もちろん、作品に表れる人間観と実際の生活が同じというわけではないから、
そこは、勝手にフランス人の現実を見たらいけないが。

親しい人に対しても「めんどくさいな」「うざいよ」と思うことはあって、そ
れでもその人のことは好きなんだけど、そんな嫌な面には意地悪な視線を向け
てしまう。また、親しくない人に対してもそれなりに悪く思ってはまあ、別に
そんなことは外に出さずに善人ヅラをして生活しているのが、私たちの日常。
それをことさらに「嫌な面」として出さずに日常として流したり笑ったりでき
る乾いた感覚が、いいなあと思う。笑ったまま後腐れなく終われる。
だけども、自分も人のことを日常的に批判がましく見てるかな、誰かからそう
やって見られてるかな、と思うとやっぱり怖い。
人を自然に描くってのは面白くて怖いことなんだと思う。

あ、いやそれにしても、「人を自然に描く」と評するにはこの映画、バカバカ
しい問題が多く起きすぎる。「人を自然に眺めて、それを大げさに凝縮して描
いた」が正しいかな。

それなりに悪人で度量が狭くて意地悪で、でも誰かに同じ意地悪を向けられた
らちょっと悲しい。
そんな弱い人は(つまり私のこと)どこかで、そんな小さい悪人ぶりを言い訳
しながら、謝りながら(誰にだろう?)毎日うじうじしてるから、善人である
ということを拠り所にしないで、みんなそこそこの悪人ぶりを共有できるなら、
ずいぶん楽だと思うんだ。

------
★前号の訂正とおわび
「まぐまぐ」でお読みの皆さんには、前号の「件名」で、
作品タイトルを間違って送付してしまいました。
彼女のはサビーヌ
となっていましたが、正しくは、もちろん
彼女の名はサビーヌ
です。ごめんなさい。

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2010年06月24日

No.231 彼女の名はサビーヌ

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                No.231   10.06.24配信
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★ 落ち着かないところも 印象に残るところも それが家族の視点 ★

作品はこちら
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タイトル:『彼女の名はサビーヌ』
製作:フランス/2007年
原題:Elle s'appelle Sabine  英語題:Her Name Is Sabine

監督・共同脚本:サンドリーヌ・ボネール(Sandrine Bonnaire)
出演:サビーヌ・ボネール
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■STORY&COMMENT
『灯台守の恋』『親密すぎるうちあけ話』など(作品セレクトは当メルマガで
取り上げているものにした)、女優として活躍するサンドリーヌ・ボネールが、
自閉症の妹サビーヌを、長年撮影したドキュメンタリー。

観客でいることにとても苦労する作品!

「扱いが難しい」とは家族が皆認識していたものの、普通に話し、普通にいっ
しょに旅行に行き、ピアノを弾いて楽しそうにしていたかつてのサビーヌと、
精神病院の入院を経て、30キロ太り、ただ怠惰に自分のこともできず、周りと
調和することもできず、自立して行動できなくなってしまった現在のサビーヌ。
まるで別人のような二人の姿が交互に映し出される。

もちそん、観る側が「苦労する」のは、その別人のようになってしまったサビー
ヌの昔と今を観なければならないことは辛い体験だ、ということが一つ。

もう一つは、何かを主張しているんじゃないかと思いがちな「ドキュメンタリー」
でありながら、「これ」という主張が見あたらないことだ。
サビーヌが子供の頃に「自閉症」への理解があれば。
サビーヌをきちんと診断できる医師がいたなら。
入院させるときに他の病院にしていたら。
もちろんそんな後悔は画面のなかからにじみ出てくる。

だけど、何かのメッセージや告発があるわけではなく、今と昔のサビーヌ、同
施設の他の入所者、その家族、介護士らをただ静かに見ている。そんな趣きが
強い。
それは、観客にとって少し居心地が悪い。何かを糾弾する映画なら、その糾弾
や批判に寄り添い、いっしょになって対象を非難してもよし、賛成できないな
ら、「違うだろう」と腕組みしてもよし。
意見表明がされているのなら、賛成、反対、どっちつかず、自分の立ち位置を
ある程度決めて観られるから、ラクなのだ。しかし、そうではなく、静かに情
景を映し出されるものには、あっちを見、こっちを感じ、観てる状態が安定し
なくて疲れる。

その安定しなさ具合は、観ている側の客観性がはがされるから起きるのだと、
私は思う。
客観的でいられるのは、冷静でいられることである。腕を組んでちょっと引い
て自分の意見を言うことができることだ。
誰かを声高に批判するのでなく、ただその人を見つめている。それは家族の視
点に他ならない。誰のせいともいえず、何が悪いとも言えず、迷いもありつつ
ただただ見つめる。この作品では、観客はこんな家族の視点に引き込まれて、
腕を組んで冷静に何かを言うようなことができなくなってしまう。

介護士や施設入居者の家族へのインタビューでは、行政の現状や、看護、介護
する側の意識など、「客観的事実」を多少垣間見ることができる。
しかし、大半は、客観的な視点じゃなく、安定した冷静な状態を捨て、家族が
家族に向けて注ぐ眼差しにつきあっていくのが、この作品を観るということ。

そんな観客を務めるのはちと辛いが、いい体験であることも間違いない。
サビーヌの姿はずっと目に焼きついていると思う。

■COLUMN
ドキュメンタリーって、自分の知らない事実を知ろうとか、社会の現実を考え
ようとか、変に身構えてしまう。ある年齢まで、虚構の物語に逃げ込むことに
忙しくて、ドキュメンタリーやルポルタージュの類をほとんど読んだり観たり
しなかったので、単にまだ「ドキュメンタリータッチ」に慣れていないのかも
しれない。
だから(なのか因果関係はよくわからないが)、こういう私的な目線にあふれ
たドキュメンタリーは、簡単に立ち位置が決まらないから落ち着かないけれど、
その分、観終わって振り返ると、とてもよかったなあと思う。事実を知らしめ
てくれるもの以上に、気持ちは入り込み、印象を深くする。

上に書いた「家族の視点」というのは、今私がそう名づけたのだけれど、具体
的に説明すれば、社会的な目的や、方向が特に定まらないということだ。誰か
を批判したいわけでも、誰かを告発したいわけでもない。「何を言いたいのか」
がはっきりしない視点だ。これは完全に勘だけど、そのように作ったのではな
く、どうしてもそうなってしまうものなんじゃないかと思う。

家族で起きたことというのは、家族に対しではなく外の誰かであっても、誰か
を糾弾すればその分、家族自身への批判としてかえってくる。
たとえば見抜けなかった医師を責めるならば、その医師を選んだこと、その医
師の後に別の医師に診せなかったこと。病院の対応を非難するなら、病院の選
択、そもそも病院に入れなければいけなかった家庭の事情、等々、何を言って
もすべて、最終的には家族同士が矛先を向け合うことにもなりかねない。

家族の一員として家族を題材にドキュメンタリー映画を撮るのなら、誰かを悪
者にするのではなく、社会に潜む問題点をえぐるのでなく、ただ、ひたすら静
かに家族の姿を見つめる、その方法しか、とれなかったんじゃないだろうかと。
家族だからこそできる静かな見つめ方、家族だからこそ誰も糾弾しないように
するならこうするしかない描き方。私が「家族の視点」と言ったのは、その二
つのことからである。

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★コメントくださった方へ返信

信田 さま
ヤスナ役の女優さん、ほんとうに魅力的な人ですね。「メジャー」な国の女優
さんなら、いつかどこかで再会することもあるでしょうが、セルビアの映画は
そんなに日本に入ってくるわけではないし、いつか会えるといいのですが…。
『おれは直角』、題名しか知りませんでしたが、機会を探して読んでみますね。
ありがとうございます!

★DVD
『彼女の名はサビーヌ』¥3,990

アフィリエイトリンクです。
価格は2010年6月24日現在のAmazonでの価格です。

★今後の予定
ちょっと時間に余裕ができてきたので、
もう少し短いスパンで発行できると思います。
即週刊に戻るのは難しいかも知れませんが、
なるべく週刊に近くなるようにします!

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感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。


編集・発行:あんどうちよ
筆者について http://mille-feuilles.hp.infoseek.co.jp/cinema/about.html
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一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
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2010年06月15日

一度去っていった習慣は

去っていった習慣はなかなか戻ってこない。
「去っていった」じゃあ他人事すぎるか。
自分で手放してしまった習慣は
もう一度その習慣を立ち上げ直さないと戻ってこない。

今年に入ってから、仕事が少しタイトで、
落ち着いて映画を観られない日々が続いていた。
ある程度まではムリしてでも時間を作っていたのだけれど、
どうにも時間がとれなくて、
「趣味で配信するメルマガでムリすることはない」と、
忙しい週には気軽に休むことにしていたんだが、
そうして休んでいるうちに、今や月1程度の配信しかしていない。

ぽつりぽつりとしか映画を観ない、レビューを書かない生活を送っているうちに、
「なるべく時間を作ってメルマガを配信しよう」
という習慣が薄れてしまったようなのだ。
習慣というのは実際に体を動かしてレギュラーの行動をするというのもそうだけれど、
「心を向ける」ということも習慣のうちに入る。

つまり、やることがちょっと減って時間ができたとき、
「メルマガを週1で書くぞ」という習慣を持続しているときならば、
まず最初に映画を観て書くことからやろうとする。
しかし、その習慣がなくなると
「時間をやりくりしてメルマガ配信する」ことに心が向かなくなって
(正確には心が向かないんじゃなくて、
優先順位が低くなって、心が向かうのが他のことをやってからになる、てこと)
つい、書かないで済んでしまう。

習慣ってこわいなあ。
興味がなくなったわけでもないし、
時間がたっぷりあればそんなことにはならないのだけど、
ついつい時間がなくって続かなくなっちゃうものって、
こうやってフェイドアウトしていくんだなー、というのを見る思い。

しかししかし、私はちゃんと抗おう。
体力はないし、意志も強いとはいえない私だが、
とても未練がましいので、ついついやれなくなっちゃうことを、
いつまででも恨みがましく覚え続けることには長けているのだ。

1週間くらいで仕事でやることが多い状態はおさまるだろう。(予定)
強敵ワールドカップというやつがのしかかっているので、
すぐに、習慣を取り戻して週刊発行するのは難しいけれど、
7月には映画やそのレビューを書くことに心を向ける生活を取り戻せると思う。

でも、一度手放すとまたその習慣を手に入れるのはどうも予想以上に難しいようだ。
だからちょっと覚悟して心して。

今後ともよろしく!

posted by chiyo at 17:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

No.230 ウェディング・ベルを鳴らせ!

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欧 州 映 画 紀 行
              No.230   10.05.31配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 日頃使わない、感情と感覚の筋肉を、鍛えてみませんか ★

作品はこちら
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タイトル:『ウェディング・ベルを鳴らせ!』
製作:セルビア、フランス/2007年
原題:Zavet 英語題:Promise Me This

監督・脚本:エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)
出演:ウロシュ・ミロヴァノヴィッチ、マリヤ・ペトロニイェヴィッチ、
   リリャナ・ブラゴイェヴィッチ、ストリボール・クストリッツァ、
   ミキ・マノイロヴィッチ、アレクサンダル・ベルチェク
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■STORY&COMMENT
田舎で暮らす少年ツァーネは祖父と二人暮らし。自分の死後のツァーネを思っ
た祖父は、ツァーネに牛と3つの約束を持たせて町へ送り出した。1.牛を売っ
てイコンを買ってくる 2.何かお土産を買う 3.花嫁を見つけてくる 
町にやってきたツァーネは、美しく元気なヤスナに出会って一目惚れ、しかし
ヤスナは母の借金のカタにヤクザに売られようとしていて……。
ギャングとの闘いに勝ち、ヤスナを助けて結婚することができるのか。

バカ騒ぎです。下品です。上のストーリー説明、特に気にしないが正解です。
巨匠と呼ばれるようになると、こういうバカなことをやっても大真面目に受け
止めてもらえるという好例。
その分、緻密な心理描写がどうのこうのと言わないでも、後先考えず、結ばれ
る愛を手放しで祝福。その恍惚がストレートに伝わってくる。

発明家の祖父のいろいろな仕掛けで、やってくる人々がいちいち落とし穴に落
ちる。家やら窓やらが崩れる。クライマックスでは頭突きで建物を壊しちゃう
とか。ギャグマンガをそのまま映画にしたようなシーンがいくつも出てくる。

とても真面目な人は腹を立てるかもしれないから、そういう人にはあんまりお
すすめしない。それから、映画に描かれているところまでが限界で、この場で
文字で説明してしまうと本当に下品になるから説明はしないけれど、人によっ
てはそれだけで拒否なんじゃないかと思う場面もあるから、注意。

ストーリーはスピード感で駆け抜けて、色やイメージや、頭を使わないギャグ
に、刹那的に反応すればいい映画なんじゃないかと思う。
ま、正直に言うと、クストリッツァ作品では『アンダーグラウンド』とか『ラ
イフ・イズ・ミラクル』
とか、大騒ぎのなかにも、政治や社会への皮肉がこめ
られた作品の方が好みではある。
しかし、理屈をこねるんじゃなく、音や色や映像やシーンの展開で、観客の感
覚を刺激して、ふだん使わない感覚と感情の「筋肉」を使わせてくれるところ
はさすが。決して、下品で直接的なギャグを並べただけの映画じゃない。

日常では使わない感情の筋肉を刺激してくれて、この世界に酔ったように楽し
める。酔った世界は観る人それぞれが構築していい。自由に、身をゆだねて、
浸ってください。

■COLUMN
前も書いたかもしれないけれど、私は実に暗い子供時代を送っていて(今も根
は暗いですが)、マンガ『ドクタースランプ』を読んで、どうしてこんなふう
に、笑ってあっけらかんと暮らせないんだろうかと涙するような子供だった。

それなりに人生の荒波をくぐり抜けた(笑)せいか、もうそれほどナイーブで
もない大人だけれど、「このあっけらかんとした世界」にどうしてもあこがれ
てしまう気持ちは健在だ。
「後は野となれ山となれ」とさえ考えないほどに、とりあえず行動し、物が壊
れようが、人が転がろうが、気にしない。まあ、何とかなる。
そんな世界は、もちろん現実的ではない。しかし、私の気持ちの中でのリアリ
ティはむくむくと獲得していくのである。

何をやるにも石橋を叩いて叩いて叩いていた棒がすっかり壊れてしまって前に
進めなくなる、極度の小心者の私だが、何にも考えずにとりあえず飛び込んで
しまいたいなー、と思う瞬間があって、いやそれは小心者故かもしれないが、
ここ最近は特にそれを感じる。

「とにかくやってみれば?」そんな背中を押してくれる何かを待っているのか
もしれない。このちょいと卑怯な小心者に、「何とかなるって」の勢いをもた
らしてくれる。この映画はそんな力を持っている。
迷っていることがある人、日常のささいなイライラが積み重なって息が苦しく
なってる人、ひょっとしたら、意外な出口を作ってくれるかもしれない作品!


おまけ
この作品で私が特に気に入った点、二点。

1.麦わら帽子からのぞくポニーテール、かわいい!
ヒロイン・ヤスナは、麦わら帽子に穴をあけて、ポニーテールの髪をそこから
出してかぶっている。
とっても愛らしくて、清楚でセクシーで、かつ元気に見える(ヤスナの姿形に
影響されてるけれど)。
ポニーテールができるほど髪の長い人はぜひやってみてください。

2.音楽!
クストリッツァ作品では、かつて、ゴラン・ブレゴヴィッチという、今もヨー
ロッパ映画界で活躍する作曲家が参加することが多く、その頃も好きだった。
本作の音楽は、ツァーネを助けてくれる祖父の親友の孫役で出演もしている、
監督の息子、ストリボール・クストリッツァが担当。バルカンの伝統的な哀愁
漂うメロディに、テクノをプラスした重厚にはじけたサントラ、私はずいぶん
聴き倒した。おすすめ。
http://amzn.to/a35bUQ

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★コメントくださった方へご返信

・おおくぼ さま
『夏時間の庭』、気に入ってくださって、私もとってもうれしく思います!
ここのところ、観る映画の数ががたっと減っている私ですが、期待に応えられ
るよう、いろいろな作品に触れていくようにしますね。

・にゃんたろう さま
エリック・ロメール、今年は亡くなった年ということで、特集上映を組む施設
や名画座がいくつかあるようです。レンタルでは観られないものも多いので、
ぜひチェックしてみてくださいね。

★DVD
『ウェディング・ベルを鳴らせ!』¥3,264

サウンドトラック『Promise Me This』 ¥3,734

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価格は2010年5月31日現在のAmazonでの価格です。

★次回配信予定
6月の半ばくらいには時間ができるのではないかと思います。
その頃には「ほぼ週刊」といえるくらいには出すつもりです。
不定期でごめんなさい。

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けっこう毎日つぶやいていますので、お気軽にフォローください。
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が。(スミマセン!!)
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2010年05月21日

「ふつうにおいしい」って?

「ふつう」の使い方がわからない、という意見を方々で目にした。
「ふつうにおいしい」
「ふつうにかわいい」
などの言い方が「ふつうなの? おいしいの? どっちなの?」という反応を生むらしい。

私はこういう言い方が登場して流布するうちに、特に気にならずに見聞きし、
オフィシャルな場面では使わないが、カジュアルな場所・相手には、ときに使っていたと思う。
だから、この「ふつうに」がわからない、という意見を聞いて、
「ああ、なるほど、言われてみれば確かに『ふつう』の用法じゃないよね」と思う。

で、ちょっと考えてみる。
この「ふつう」の使い方って何だろう。

私が思うに、この使い方は、
少し前に注目された「全然おいしい」や「全然かわいい」のアレンジだ。
「全然なのに後に打ち消しがこない、間違っている」
というのがこの表現に対する批判だったと思う。

もちろん公の場面でこの表現を使ったら間違いには違いない。
だが、この表現では「全然」の要素をまったく使っていないのではなくて、
「全然」を使うが故に、言外に打ち消しの要素が入っている。
「全然」は打ち消しとともに使うものだから、打ち消しの意味を込めた言い方なのだ。

たとえば、誰かが料理を作って、
「料理は上手じゃないからおいしくないかも」と
いいながら出したときの感想として「全然おいしい」。
つまり、「そんなことないよ、料理下手じゃないよ、おいしいよ」という意味。

他には、食べたことのない物で、
恐る恐る「まずいかな、食べられるかな」と思いながら口にしたら、
「そんなことない、おいしい!」の意で「全然おいしい」。

この言い方が世の中に広まるにつれて、
その傾向はうすれて単なる強調の言葉のようになっていった面もあるが、
そもそも「全然おいしい」「全然かわいい」といった表現には、
前提として打ち消しの要素があった、と私は考えている。

こういう「全然」に替わって、登場してきたのが「ふつうに」だ。
まず、「ふつう」の従来からの意味をおさらいしておくと
特別ではなく一般的である、どこにでもある、めずらしくない、それがあたりまえ、etc.

「全然」が
「全然が打ち消しとセットで使うものだから、全然のなかにすでに打ち消しの意味が入っている」
使い方だったのに比べると、
この「ふつうに」は、この表現を使う人と受け取る人の間で、
より高度にコンテクストを共有していないとわかりにくいかもしれない。

私の観察によれば、この「ふつうに」表現には、
「ふつう」でないことがあると思ったのに、案外「ふつう」(一般的で特別なものではない)
という<意外性>が隠れている。

たとえば、「料理は上手じゃないからおいしくないかも」といいながら料理を出したとき、
「ふつうにおいしい」といえば
「誰が食べてもおいしいっていうよ」というようなニュアンス。
私たちが友だちだからそう言ってるんじゃなくて、
出されたら一般的に通用しておいしいよ、
「おいしくない、食べるのが大変」そんな「ふつうじゃない状態」を覚悟して食べたけど、
そんなことない、あたりまえのようにおいしいよ。そんな感想が混じっている。

食べたことのない物で、
ゲテモノ的、珍味系で好き嫌いが分かれるような物かと思ったら、
「ふつうにおいしい」とは、
ゲテモノじゃなくっておおかたの皆にとっておいしい、
特殊なおいしさじゃなくて一般的なおいしさだ、ということだろう。

また、今年の春先、
いつまでも寒くて、桜が咲いてから雪が降るようなことがあって、
それについて「ふつうに雪降ってる」という言い方を見かけた。
おそらく、ここにある<意外性>は、「もう4月だとういうのに、まるで冬であるかのように、それが当たり前であるかのように降っている」ということだ。

ついでに「六本木、ふつうに雨降ってる」てな言い方も見かけるが、
ここにも何らかの意外性があると思われる。
たとえば「予報はもっと遅くに降り出すと言ってたけれどあたかもこういう予定だったかのように降ってる」とか、
「にわか雨程度だと思っていたら本格的に当たり前のように降ってる」など。
これは話者の状況、前後の文脈により、いろいろな可能性が考えられる。
ただ、「ふつうに」を入れているときには、
大なり小なり何らかの<意外性>を話者が感じている、と私は思う。

こうした言い回しの流行り廃りは激しく、
何ヶ月かで、ここに書いたことがまったくあてはまらなくなったり、
別のニュアンスが勝つこともあると思う。
今のところの観察では、こんな風に思う。
そんなメモである。
そりゃ、ちょっと違うでしょ、というご指摘も、ぜひください。





posted by chiyo at 00:20| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月16日

No.229 我が至上の愛〜アストレとセラドン〜

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欧 州 映 画 紀 行
                 No.229   10.05.16配信
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うわーお、2か月近くお休みしちゃったんですねえ。ごめんなさい。
しばらくはこんなぼちぼちなペース、6月半ばには従来のペースになるのではな
いかと、希望を込めて思っております。

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 恋は滑稽で愛らしい ★

作品はこちら
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タイトル:『我が至上の愛 〜アストレとセラドン〜』
製作:フランス・イタリア・スペイン/2007年
原題:Les amours d'Astrée et de Céladon
英語題:Romance of Astrea and Celadon

監督・脚色:エリック・ロメール(Eric Rohmer)
出演:アンディ・ジレ、ステファニー・クレイヤンクール、セシル・カッセル、
   セルジュ・レンコ
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■STORY&COMMENT
5世紀のフランス・ロワール地方。羊飼いのアストレは、恋人のセラドンが他の
女に心を移したと誤解し、セラドンに「もう自分の前に現れないで」と告げる。
絶望したセラドンは川に飛び込み、流されニンフ(精霊)たちに助けられる。
村ではセラドンは死んだと思われ、一方セラドンはニンフに惚れられ城から逃
れられず。純粋に思い合う恋人たちの行く末は……

久しぶりの配信なのに、コアな作品を選んでしまった。ごめんなさい。
エリック・ロメールという人は、このメルマガで何度か書いているように、私
が最も敬愛する映画作家で、彼はこの1月に亡くなった。追悼として彼の作品を
取り上げたいと今年に入ってずっと思っていて、追悼ならば、と、最新&遺作
となったこの作品を、今回選んだ。

「コア」と表現するのは2点の理由から。
1点は、たぶんレンタル店には置かれていない、ということ。ごめんね。
もう1点は、ストーリーが現代の感覚で観ると不自然ともいえる時代劇であるこ
と。ヨーロッパ映画やミニシアターが好きでよく観るよ、という人を「一般」
と定義してもなお、一般受けはしないだろうと思う。

でもでもしかし。好きな監督の最後の作品というひいき目ももちろん入っての
ことだが、それでもやっぱり私はこの作品が好きだ。
「どんなところが好きなんだい?」そんな質問に答えて語るのが、今回のメル
マガ、だと思っていただければ。好きなところはいろいろあるんだけれど、そ
れを全部語り出すと、ものすごい量になるので、1点に絞って。「恋の滑稽さと
愛らしさ」についてだ。

恋人が他の女に心を移したと思えば嘆くのは当然、怒るのもすねるのも当然。
しかし、そこから「もう自分の前に姿を現すな」と頑なに拒み続けるのも、そ
れを真に受けて、それならいっそ死んでしまおう、なんていうのは、本人たち
にしてみれば真剣でも、ハタから見れば滑稽だ。
さらに、セラドンは、命が助かった後も「自分の前に姿を現すな」という愛す
る人の命令に意地でも忠実であろうとする。
その頑固さは微笑ましくて声に出して笑ってしまうほどなのだけれど、もちろ
ん、それは我が身を振り返ればきっと、同じような滑稽なことを何度もやって
きただろう。だけども、結局その滑稽さが当事者にも傍観者にも愛おしいんだ。

おとぎ話に近いから、現代的な意味でのすれ違いにやきもきするってことはな
いんだけれど、その分、純粋に「恋」が見える。相手に忠誠を誓うこと。相手
を思うこと。ときには嫉妬すること。
現代人を描くと、仕事とか暮らしとか、恋以外のいろいろなものの情景を含め
なくてはリアリティがない。そしてそれがドラマとして面白くもする。しかし、
5世紀の羊飼いたちの物語ならば、自然のなかで羊を追い、歌い、楽器を奏で、
詩を吟じ、思う人を思い笑って涙を流す。感情だけをクローズアップした描き
方が可能になるのだ。そして、それ故の面白さも生まれる。

アストレとセラドンを取り巻く人々は、頑固で滑稽な恋人たちに、ちょっと手
こずりながらも、突き放さないで寄り添う。話を聞き、気持ちを受け止め、見
守る。説得する。恋にはそういう人とのつながりもあったっけ。そういう美し
さも思いしらせてくれる。周りの人たちも、愛とは何ぞやを昼間から語り、歌
い、奏で、日々を暮らしている(ように見える)。

そしてもうひとつ。ちょっと話は横に逸れるが、『クレールの膝』という作品
でロメールは、「膝をなでる」という行為がそんなにもエロティックにどきど
きさせるのだということを教えてくれた。今作品では、「性別がはっきりしな
い者同士の愛撫」がこんなにもエロティックさを増すことを教えてくれた。
「ネタバレ」になるので全ては説明できないけれど、ラストの長い長い愛撫は、
男女じゃないかも!というスパイスがあるから余分にエロティックだ。

明るい自然の風景のなかにある純粋な意味で愛らしい恋をご堪能あれ!

■COLUMN
17世紀に書かれた、5世紀のロワール地方を舞台にした小説の映画化。これがこ
の作品のプロフィールだ。
ロワール地方の自然をそのまま映し出したかったが、現代の現地は自然が失わ
れてしまっていたため、3年かけてロケ地を探し、オーベルニュ地方でロケを行っ
たそうだ。

アフレコを嫌う監督は、この自然の風景のなか、自然の音が鳴るなかで、その
まま俳優たちに演技をさせ、セリフを録音した。
登場人物たちの会話の背景に、鳥の声、衣服をバタバタさせる風の音、そんな
「自然」の音がふんだんに耳に届き、その場に自分がいるような「自然」さを
感じられる。私は特に風の音が聞こえるところが好きだ。

また、ロメールによると、原作小説には、この5世紀の時代への誤解、別の時代
との混同などが見られるという。
映画化するにあたり、現代解明されている5世紀の風俗を入れるのではなく、
17世紀当時に、5世紀頃の風俗と想像していたものを採用したそうだ。衣装等は、
17世紀の版画などに登場する5世紀の風俗を参考にしているという。

その衣装だが、男性のものはともかくとして、女性たちが着ている、中間色の
布を組み合わせた色遣い、身体をしめつけず、ゆったりと着こなすスタイル、
今、街で着てても「かわいい〜」と言われそうな雰囲気だ。「森ガール」が着
ててもおかしくないと思う(あんまり知らないんだけど)。

「森ガール」とは違うけれど、私は、ラクであんまり身体の線を出さないぞろ
ぞろ長い服が好きなので、ああいう服着たいなあと、本気で思う。自然がいっ
ぱいのところでなくてもいい。この季節、あんな服を着て風にバタバタと吹か
れてみたら、気持ちがいいだろうなあ。

★★★
ロメール作品、追悼の年として、今年中にもう1本取り上げられたら、と考えて
います。読者の皆様のなかで、これが好きだから取り上げて、もしくはこれを
観たことがないから気になっている、というようなものがあったら、教えてく
ださい。
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『アストレとセラドン 我が至上の愛』¥3,791
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★次回配信予定
今月中には必ず配信します。
エミール・クストリッツァ監督の『ウェディングベルを鳴らせ』を予定。この
くらいの予告をしないと、また出さなくなってしまうかも。
私は公開時に映画館で観て以来ですが、パワーたっぷりのバカ騒ぎの狂乱を、
もう一度観て書くのを楽しみにしています。

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2010年04月03日

健康第一の意味を噛みしめる。

風邪っぴきでありやす。
熱は出ません。鼻づまりと咳。
一度、咳き込み始めると、
人非人だって声をかけたくなるような、かわいそうな病人と相成りまする。
ごほっけんけんけん、ひゅー

「ちょっと体調悪いから静かにしてよ」ということは何度かあったものの、
こんな誰がどっから見ても風邪っぴきな状態は実に久しぶり。
年明けからずっと仕事が立て込んでいたため、
「ああ、もういっそのこと寝込んででも強制的に休めないものか」
なんて思ったバチがあたったらしいよ。
ごめんね、カミサマ、あれ、うそ。ちょっとした間違い。えへ。

1日寝込んですっきりとなるのなら、それもありかもしれないけれど、
粘着質にずるずると、いつまでもつきまとってくるから、困るのだね。
あと3日もすりゃあ、治るだろうと思ったのが、毎日毎日続いて1週間強。

もともと花粉症の時期、ひどくなると喘息のような症状で苦しむので、
アレルギー薬で抑えていたその症状が、風邪をきっかけに、
我が世の春とばかりに、どばっと出たのでしょう。
しかし、不便でありやすよ。

咳で体力を奪われるから疲れやすい。
駅で階段を使うと息が上がる。
においがわからないから物がおいしくない。
声がちゃんと出ないからお風呂で歌が歌えない。
歌えないと無理にでも歌いたくなる。
映画観たいのに映画館に行けない。咳き込むと邪魔になるからのう。
元シャーロキアンの私、ホームズ観たいよ。
飲みの誘いも断っちゃったじゃねーか。ああ、飲みたいのに。
正直、お酒飲んでもあまりおいしくないのさ。

しかし、しみじみ思います。
ああ、「健康第一」ってのはこのことだー。
毎日あっちが調子が悪い、こっちが調子が悪い、
やれだるい、やれ肩こり、ほれ冷え性とぶちぶち言っているけれど、
今の状態と比べたら、ホントに健康。
食べて歌って交わえる。
今までさんざくり返してきたように、
こんなことをきっとあたしはすぐに忘れちまうんでしょうが、
ちょっとここにメモしておきやしょう。
ふだんはそこそこ楽しく健康。それが持ってる小さな幸運だぞい。

天候不順の折、皆様、体調崩されませぬよう!

posted by chiyo at 17:05| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする